不安というのは、基本的に他者に帰するものなんだな。自分のしたことに不安は無い。いや、自分のしたことの結果には、後悔はあるかもしれないけれど、自己決定できたことなら、それを受け入れることは出来る。しかし世の中自分一人で生きている訳ではなく、どこかで誰かの“判断”に振り回される部分がある。友人関係がその判断の損得関わる場合は、その関係を信用するのは難しくなる。自分は誰も信用すべきではない。その諦念の中で、身を焦がすのが人生ならば、投げ出してもいいな。 > このページを見る
最終更新時間:
2010年08月05日00時47分
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- 自分を信じられない奴に、他人を信じることなんてできやしない。他人を信じるということは、他人を信じる自分自身を信じるということなのだから。
- 「自分は誰も信用すべきではない。その諦念の中で、身を焦がすのが人生ならば、投げ出してもいいな。」









