これも非常に示唆的なのだが、その昔「ナニワ金融道」の青木雄二が「小説は『罪と罰』だけ読んでおけばよろしい」と言って、実際に彼はそうしてマンガを描いていたということがある。その代わりとことん読み込んで、その美しさの神髄というものをとことんまで突き詰め、それを作品作りに活かしたという。これと同じように、例えば音楽家を志すなら、第九だけを聞き続けていれば、少なくとも「音楽は何か」と言うことは分かる。「音楽の美とは何か」ということの答は出る。http://d.hatena.ne.jp/aureliano/2008... > このページを見る
最終更新時間:
2008年12月18日00時47分
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- 個人的な音楽体験を大事にしましょう、ということなら分かる。「第九」で何かを掴む人もいると思うし。
- 第九じゃない、といってカザルスと母親の子守歌しか引き合いに出さず、形而上的な美を語っちゃうのって何なの?第九でも他の作曲家の「第九」を聴く方がよっぽどしっくりくるよ。
- でもそんなこと言ってたら話がぐるぐる一周してしまうぜよ
- 第三楽章は眠るのに最適な心地よさだよね
- 「よく笑い話に、合唱が入るまで寝てたというが、それが当たり前。」…パーカッションの鳴り物隊もよく寝ます。特に、指揮者が音楽を切りたくなくて最初からステージに上げられちゃうとね…。
- 年末恒例「第九」をdisる
- 小室だってぼかろだってRelationsだってイネ(馬)だってええやん。いまや研究用途以外においてクラシックもコンテンポラリもへったくれもない。
- "アジテーション"... / "西洋古典音楽にも語法、文法みたいなのがある"
- 件のエントリ主は単なる権威主義者で、「世間で認められているもの」をあたかも「自分が美と感じているもの」にすり替えて言っているだけ。/ 主体的な価値判断による「美」というモノが存在しない感性の鈍い人かと。
- 第九は好きだけど、確かにちょっと長すぎるわなー









