そのとき、デモの終着点である代々木公園の野外音楽堂にいた私は、夢を見ているような錯覚にとらわれていました。 すでにたくさんの人で埋まっている会場に、それでも行進を終えた集団が続々と入ってきます。 間断なく湧き上がる「FREE TIBET」というシュプレヒコール。 いかにも東京の5月にふさわしい、清々しい青空を背景に、高々と掲げられた無数の雪山獅子旗が、風にはためいているのです。 参加者は約4200名。この種のデモとしては大規模といっていいでしょう。 そして、その圧倒的多数を占めたのは、自分たちの生活とは直... > このページを見る
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2008年05月07日23時04分
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- デモ
- ありがたいレポだけど、デモの充実が目的になるのは本末転倒かと
- デモとはなにか?という問いへのひとつの答え。
- ごく一部の人達が政治的なにおいをプンプンさせながら行うデモ、ではなかったらしい
- 外国では日本よりもカジュアルなデモが行われているようだ。
- 例の『パンダ外交』で、日本が胡錦涛の下僕と見られかねないこの局面で、今回のこのデモはチベットのみならず諸外国に「日本もなかなかやるじゃん」と思わせるに十分な活動だった、と自分は思う。
- デモ自体は良いんだけど、やたら“多数派”を強調するのはどうなの。ちょっと理解できない。 / 私は集団行動が嫌いなので、デモは「しかたなくするもの」でしかない。
- 長野聖火リレーの時の中国サポーターの行動と行動様式が変らない大規模OFF板「チベット旗だらけにするOFF」の連中。中国サポーターもOFF板の連中も両方痛い。「旗振るな 旗振らすな 旗伏せよ 旗たため」(城山三郎)
- 失敗した。実家に帰ってる場合ではなかった。
- cf. http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/90a25b906f441ad57816d1f61dff711d
- デモという政治手段を特定団体ではなく市民が手に入れた、と理解していいのだろうか。参加した人たちはみな、何を「デモ」しているか、理解しているのだろうか。
- デモ暦の長いライト層視点での「FREE TIBET」デモ感想。 「多数派意識と安心感」とは、世間に受け入れられてる感のことか。 実際に参加しないと分からない感覚
- ??? >沿道からは拍手喝采。... デモとはそういうものだと、思っていました。
- 後で読む
- 御家人さんは中国の民主化運動が原体験ですから、僕みたいにシニカルな人間とは違うのでしょう。
- ベ平連か。小田実はどこにいるんだろう?
- おつかれさまでした。デモってそういうものなのかー…ねじり鉢巻して、もうにじり寄るような雰囲気なもんだとおもってた。こういうエントリーは貴重かもしれない。
- デモのマーケティング意識の低さ。ライトユーザーを取り込めなければ主張は広がらないよねと凄く同位
- 写真では日章旗は見えないのだが、ならば全面禁止でも良かったのでは。フランスのデモだって自国三色旗は無かったし日章旗も必要ない気が。
- 21世紀のべ平連だなあ、とかくとどっちの人も気を悪くするんだろうけど、本質はそう違わないような/id:nichijo_1さん、コアメンバーではなく、それなりに広範な支持を得ていくことへの感想ですので御理解賜れればと








