8月6日、9日と広島・長崎で原爆の日の催しが行なわれた。63年目だそうだ。 それにあわせてマスゴミでも多く取り上げられたのが、原爆症認定訴訟であった。これには、かなりの疑問を感じている。各地で集団訴訟が行なわれているけれど、政府に補償しろと言う姿勢がまずよくわからない。 加害者は米軍ではなかったか? 無差別に非戦闘員を殺したのだから、その犯罪性は永遠に語り継がれ、アメリカを責めつづけてしかるべきである。 「原爆投下」という表現にも私は違和感を覚える。たしかに爆弾を「投下」はしたろうよ。しかし「投下」が問題... > このページを見る
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2008年08月22日10時07分
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- 「投下」という呼び方の違和感はごもっとも。認定訴訟のいかがわしさも感じるが・・・
- 「生活の仕方しだいで、発症しない場合もあれば、軽症であった場合もあり、重体になることもあろう。」
- 被爆して発症する奴は日頃の生活態度がなっとらんからだ、と。『魁!!男塾』的筋肉バカ世界観をリアルに生きる貴重なサンプル。
- なんかずれている。確率的影響とか疫学とか、もう一寸考えればいいのに。/↑「原因」を問わず、病気になるのは生活がなっとらんからだという持論の展開に過ぎないんだと思う。視点がミクロでマクロじゃない。





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