土曜日の日中戦は面白くなかった。 でも「試合後」が面白かった。 日本代表について、岡田ジャパンについて、 いつになく熱のある意見が飛び交ったからである。 内容は試合内容、岡田ジャパンの行く末に止まらない。 日本サッカーの将来にまで膨らんでいた。 あの寒いスタジアムに3万人近い観客が足を運んだ。 フジテレビも生中継している。 岡田監督にとっては「トレーニングの一貫」かもしれない。 でもファンが代表戦、サッカーから離れたら悔しい。 宇都宮徹壱さんはスポナビのコラムでこう書いている。 それよりも私が危惧(きぐ)... > このページを見る
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2010年02月10日13時51分
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- サッカーとは世の不条理そのもの。アメリカンスポーツはエンターテインメント、1+1が2である世界。
- これはするどい、かなり。
- 苦痛の後に、快楽があれば良いけど。それ ( =ゴール・勝利 ) が欲しい。見たい。日本のワールドカップは六月中に終わることがないように。
- いっそのこと、何年かワールドカップに出れないぐらいの方がいいんじゃないのと思うこともある。
- 良い考察。
- 面白い。
- なんとなく俺がサッカーにまったく興味がわかない理由がわかった。
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今の日本社会には「苦痛」を味わうゆとりすら無くなっているように思える。そう考えると、日本のサッカービジネスが手詰まりになっているのにも納得
- 「気の抜けたビール」と並べるなら「目黒のさんま」ではなく「家来が日本橋の魚河岸で買ってきて骨を抜いたり腸を取ったりしたさんま」ではないかなどとどうでもいいことを考えた。
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苦痛どころかみんながみんな必死にリスク回避(「※ただイケ」だとかがその典型かと)して低きに流れるがごとくの姿勢ばっかだから活力がなくなり何をすればいいか迷うのは当たり前かも。
- 既に「フツーの人」(とマスコミが想定している人)にとってサッカーは「4年に1度の行事」となりつつあるのでは・・・
- 「あなたの応援する選手、チームが負けても苦痛はすぐ消える。」そうじゃなくなったときこそが球迷のはじまり
- 代表については「当事者」を卒業してしまった。
- 何か自分の事を言われてるみたいで鬱になった・・○| ̄|_ / 「こんな試合をしていたらライト層がいなくなる」論には、個人的には違う意味で懐疑的。
- やばい、いい記事過ぎて、はてブ・twitter・tumblrにアップしてもうた…
- >「岡田ジャパンの今後を憂えている人は既に客じゃない。 完全な「当事者」だ。気づかぬうちに中毒を発症している。」
- 「サッカーがビジネスとして成功するなら「中毒」を増やすしかない。」そうだよなぁ。けど、上から目線の活字ファンに「苦痛」に耐える度量があるか?そして、効率を優先する現代社会に「苦痛」を許容する余裕が。








