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アルピニスト・野口健のブログ:片山右京さん遭難について - livedoor Blog(ブログ)

12月18日、富士山登山を行っていた片山さんら3名が遭難しましたが、その知らせに驚きまた他人事とは思えなかった。何故ならば同じ日に富士山登山を予定していたからだ。しかし、一緒に登ろうとしていた平賀カメラマン(山岳カメラマン)が海外ロケに出かけており延期。右京さんの遭難前日、奥多摩登山を行っていましたが、この日からグッと冷え込んでいた。天気予報は「雪が降るかもしれない」と伝えていたので、ダウンジャケットなどの防寒具に身を包んでいたが、それでも寒かった。奥多摩でこれだけ寒かったのだから富士山は大変だったどうと... > このページを見る

最終更新時間: 2009年12月22日23時52分
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  •  他人を結果的に見捨てたことを悔いながら先の人生を生きることは死ぬことよりつらい 2010/02/26
  • 冬の富士山で山頂から五合目付近まで滑落する話怖い 2010/01/04
  • 『亡くなった彼らに対し最大の供養となるのは、右京さんが立ち直っていつの日か7大陸最高峰への挑戦を達成することではないでしょうか。』 2009/12/28
  • 野口健さんが他人事と思えないぐらい登山家の冬山は日常なんでしょうかね。それでも一緒に行く方々の力量はプロとどうレベルでないと成立しないんでしょうね。判断力も体力も。 2009/12/27
  • 同じプロの冒険家としての視点からの記事に納得;でもこれを受けてのコメ欄やブクマコメが右京擁護ほぼ一色に染まる現状は疑問;プロだからこそ,問題検証のプロセスは必要:登山計画書とか気象情報とか携帯の電池とか 2009/12/27
  • [後読] 2009/12/26
  • 7大陸最高峰登頂を目指すために、宇佐美さんという山の専門家を自身の事務所スタッフにし、ヒマラヤでの登山もまたトレーニングもこなし、計画的にチャレンジされていた。その上での事故だと私は思っています 2009/12/26
  • プロがここまで書いてくれてありがたい。 2009/12/25
  • この件を批難している人がいるのが信じられない。 2009/12/25
  • 登山家の端くれとして一言。自分が死んでも誰の責任も問わないのが登山家なら、失った仲間の責任を一生背負い続けるのも登山家。生と死の極限の世界の掟。 2009/12/25
  • 冒険をしない人間は、冒険の中での判断の是非を論じることができない。お茶の間で議論するものではないということだ。気をつけなければ。 2009/12/25
  • この一件は、日本人がいかに”チャレンジする”ということを忘れ、臆病になってしまったのかを思い知らされた。 2009/12/25
  • マスコミの質問の仕方はいつも相手をいらつかせるような言い方ばっかりだなぁ 2009/12/25
  • う~ん、プロの登山家の意見はすばらしい。ただ非難すのではなくて・・・。 2009/12/25
  • カルネアデスの船板を思い出した。 2009/12/25
  • 特に冬山という過酷な環境では経験者でしかその状況は理解できない。だけど世の中はそこに想像が至らない声の方が目立ってしまう 2009/12/24
  • 登山家でなければできないコメント 2009/12/24
  • 情理兼ねそなえた文章。〔追記〕でもやっぱり富士山をナメていたのではないかという疑問は残る。要するに、その場の判断は順当、というか、致しかたなし。しかし準備が全然ダメだった、そういうことなのでは。 2009/12/24
  • 自然の脅威に人は無力。それに挑むために負うリスクはこういうことなんだろうね。 2009/12/24
  • 普段自分たちが叩いている物事の中にもこうした問題が内包されているんだろうなぁ・・・雪山の厳しさが自分たちにも想像が容易なだけ 2009/12/24

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