あの記事は、大元のエントリを書いた人と読み手との間に発生した巨大な祝福の場、幸福の共同体の抑圧性を告発してしまったんだよね。だから自分たちの善を疑っていなかった者の動揺を招き、かなりの感情的反発を招いているわけだ。 強烈な反発が、祝福の場が隠し持っている真の姿を露わにしている、ということは気づかれているのだろうか。ある人々を祝福すると同時に他方には死ねという言葉をほほえみながらできる人たちがいるのである。常に「しねばいいのに」「テロしかない!」と叫んでいる人より、そちらのほうがよほど怖いのだ。 > このページを見る
最終更新時間:
2009年12月24日13時38分
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- カーニバルの熱狂。ヒトラーへの信奉。プラスや高揚を呼ぶ感動的な演説は時に人の判断回路思考回路を麻痺させる。麻痺しただけなら覚めれば良いが、酔いしれる事にこそ快感を覚える者も居る。そこへ手榴弾が炸裂
- 祝福の場が抑圧的な雰囲気を帯びるのは確かにそう。でもそれは元のエントリのせいではなくて、ブックマークコメントが集積して見えているというのがあるんでは。
- ちょっとだけ、モテたよ!「テロは友達、こわくないよ!」
- 「強烈な反発が、祝福の場が隠し持っている真の姿を露わにしている、ということは気づかれているのだろうか」エントリーページは、たしかに祝祭のような雰囲気ではあったなあ。








