ご案内のとおり、日本の大学は数年前から淘汰プロセスに入っている。 その一方、大学設置基準が緩和されたせいで、新設大学、新設学部学科はラッシュ状態である。 しかし、私自身はこの数年に相次いで登場した新設大学、新設学部の相当数は遠からず経営破綻するだろうと予測している。 2007年4月に開学したばかりのサイバー大学(ソフトバンクが出資した、すべての授業をインターネットで行う大学)に文科省から勧告が入った。 620人いる在学生のうち180人について本人確認をしないで単位を与えようとしていたせいである。 いちいち... > このページを見る
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2008年01月22日18時32分
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- "単位なんてコープさんのポイントカードみたいなものである。/誰にとってもその有用性や価値がわかっているものだけが「商品」になる。 だから、師弟関係で授受されるものは原理的に商品にならない。”
- 海外のスパムメールでエロとローンの次に目に付くのが「単位(学位)売ります」。日本でも遠からず「平成首都環境情報経済大学の学士号を」というのがはびこるか。
- 単位を売る大学があっても、いいんじゃないか。多様性は善なのである。
- 知識や技術の伝授という外形的な関係を経由して、「それとは違うこと」を学ぶのが教育である。
- 学位提供と資本主義/学位審査委員・教授会
- いずれにせよ自分が卒業した大学が潰れたら切ないな。
- 単位を「商品」だと思っていたから←この各論には賛成!しかし、高度教育の場ではパトロン企業による寄付金が集まる分野だけ研究が進む傾向があり、これは実質的に企業が研究ポーチフォリオを決定してる一面も。
- たしかに「経営」が先だと「教育」は失敗すると思う。でも、Distance Learning の可能性を探る意味では、サイバー大でなくともオンライン授業の試みは残ってほしい。やはり企業立の大学じゃダメなのかなあ
- [!GTD::資料(いつか読む)]ビジネスマンに大学は経営できるのか? (内田樹の研究室)
- 弟子はその師から「私以外の誰にもその有用性や価値が理解されないもの」を学ぶ(そうでなければ、「私」がこの世に存在し、その人の弟子である必要がないからである)。
- 本筋とは関係ないけども、「単位なんてただの数値である」は違う。なぜ単位がunitではなくcreditというかを考えよう。というか、大学人も経営向かない人多いと思うんだけどなー
- つまらないものも批判する。本気の人がサイバー大学を相手にするのだろうか。
- もやもやとはしつつも、何が得られるのか・得たらいいのか、何を与えたら良いのかが分かる人・言える人はまずいないのかも。。。
- 『単位なんてただの数値である。それを124コ集めると「学士号」というものと交換できる。コープさんのポイントカードみたいなものである。』
- ビジネスと教育について 昔は会社の中にも教育的な面があったのかもと思った>でも、サイバー大のようなネット講義は残って欲しい
- 交換・やり取り可能なものじゃないと商品にはならない、ってか。









