前にラジオでおしゃべりしているときに養老孟司先生から「情報」と「情報化」というのはまるで違うことだと教えていただいたことがある。 情報化というのは「なまもの」をパッケージして、それを情報にする作業のことである。 例えば、獣を殺して、皮を剥いで、肉をスライスするまでの作業が「情報化」だとすると、トレーに載せられて値札を貼られて陳列されたものが「情報」である。 「情報」(トレーの上に並べられた肉)を他の「情報」(隣のトレー)と見比べているときに、(こちらが豚肉で100グラム200円、あっちは牛肉で100グラム... > このページを見る
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2008年02月05日12時08分
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- “私たちの「高度情報社会」は「ありもの」情報の処理速度の向上には無限の投資を惜しまないが、「生もの」を情報化するプロセスの充実のための投資にはきわめて吝嗇である。”
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- [][社会56][*考察89]
- 「情報化」を完璧に(=リアルな状態から情報量を落とさずに)行なうのは不可能、ということ。だから、「情報化」プロセスにも関心を払うことが重要。
- 情報化操作は「身体」が担当する。 バカの壁でよくわからなかった体 過程の問題なのかな
- ノイズの肌理というのも生の現実をみないとわからないのですよね
- 「小役人が「小」役人であるのは、彼らは「すでに情報化されたもの」だけしか取り扱うことが許されず、「生の現実が情報化されるプロセス」には参入することが許されないからである」
- 合コンで異性の仕草をポイント化する人を思い出した。それを情報化と呼ぶなら、恐らく情報化のプロセスが似た者同士が惹かれ合う世界が構築されるはずだ。検証してみたい。
- これはいいヒントをもらえた。
- 「情報と情報の差は「空間的に」表象され、情報と情報化の差は「時間的に」表象される。/情報と情報化の階層差について、行政はまことに鈍感/情報と情報化の階層差の重大さ」
- 「情報」を手際よく処理するシステムの開発に熱中する人は、その「情報」が「生の現実」からどうやって抽出されたのかという「情報化」プロセスには関心を寄せない。
- 「生もの」を加工する作業である「情報化」、その生産物である「情報」。「情報」を扱う者による「生もの」に対する蔑視。無くせない「情報化」の作業と無時間モデル社会の間に来たす齟齬
- [!GTD::資料(いつか読む)]情報と情報化 (内田樹の研究室)
- 小役人の「小」役人たる所以
- > 小役人が「小」役人であるのは、彼らは「すでに情報化されたもの」だけしか取り扱うことが許されず、「生の現実が情報化されるプロセス」には参入することが許されないからである。
- あ、そうか、という感じだ・・・。
- 情報の扱いのみならず、情報化もしっかり管理制御できればいいのですけどね。って、RAMやらCPUやらの生産、生産管理手法をその辺にうまく援用する事ができないものでしょうか。トヨタの改善なんて持って来たら?
- やっぱり人と人との繋がりが大事、でFA?
- 情報化社会のネック、情報を「取り出す」コストの話
- この「生もの」に対する軽視・蔑視(というよりはむしろ積極的な嫌悪)は「情報」を扱う人間の特徴である。









