養老孟司先生が書評で取り上げてた月本洋『日本人の脳に主語はいらない』(講談社選書メチエ、2008年)を読む。 御影駅の待合室でぱらりと開いて、「私は人工知能の研究をしていたが、数年前に人間並みの知能を実現するには『身体』が必要であるという考えにいたった。」(4頁)という箇所を読んで、思わず「おおおお」とのけぞってしまった。 同じことを二年前の正月に気錬会の工藤くんから聞いたことを思い出した(彼もロボットの研究者である)。 そのときはそれが非常に重要なことであることはわかったのだが、どういうふうに武道の稽古... > このページを見る
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2008年05月04日23時07分
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- “私たちは結局自分の心についても、「他人の心」の場合と同様に「理解したつもり」になることしかできないのでは/書き手自身が自分を「二つに割って」その一つを遠景に、その一つを読者と同じライン上に置くこと”
- 同期がうまくゆくのは、書き手が「自分を完全に理解している」からではない。そうではなくて、「自分が何を考えているのかよくわからない」という事況にまっすぐ向かうことによってである。
- 同期がうまくゆくのは、書き手が「自分を完全に理解している」からではない。そうではなくて、「自分が何を考えているのかよくわからない」という事況にまっすぐ向かうことによってである。
- 「クリエイティヴ・ライティングの授業では、「どう書けば、言葉は読者に『触れる』か?」という原理的な問題を先週から扱っている。」そうっすか。
- 例の本に言及。あまり言語の話(主語とかその辺り)には触れていない。
- ドリームボディだ
- 自分というものは、そんなに秘密なものではない。自分は他人の模倣を通してしか作れないのであるから、その出発点からして社会的なのである。自分とは原理的に社会的なのである。
- 学習と身体。
- まわりの人間(大人と子ども)の脳神経回路と同様にすることによって、自己を形成してゆく。すなわち、まわりの他人の心を部分的に模倣して組み合わせることで、自分の心を作っていくのである。
- 私は人工知能の研究をしていたが、数年前に人間並みの知能を実現するには『身体』が必要であるという考えにいたった。
- 私は人工知能の研究をしていたが、数年前に人間並みの知能を実現するには『身体』が必要であるという考えにいたった。









