基礎ゼミの発表で「笑い」について考えた。 「笑い」についてはベルクソンの古典的著作以来無数の研究がある。 しかし、笑いの「政治性」について論じたものはあまり多くない(私は読んだことがない)。 鞍馬天狗や水戸黄門が「わははは」と笑いながら登場するのは、別におかしいことがあるからではない。 笑いには「破邪顕正」という呪術的な力があると信じられているからである。 彼らはまずその場を浄めるために笑う。 現代では、そのような笑いの呪術的効果についての信憑は希薄化しているが、それでも「人より先に、人より大きな声で笑う... > このページを見る
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2008年07月12日22時47分
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- あぁ、だからお笑いのネタを振り回す人間はコミュニケーションで人間を序列づけるのに熱心なんだな
- “吉本興業の芸人がこれだけテレビ画面に出てくる理由を「コスト」で説明する人がいるが、私は違うと思う。 おそらく、視聴者は吉本の芸人たちの「パワーゲーム」を眺めているのである。/「劇場の政治化」”
- トーク番組は現代のコミュニケーションモデルになってる。空気を読んで他人に気を遣いながら自己アピールするという。でも昼間さんざん気を遣って、家に帰ってTVを付けると芸人の処世術トークでしょ?疲れるんだよね
- "「お笑い芸人」に要求されるのは「自分の笑いに他者を追随させることを通じて、その場を統御する能力」である。「笑い」という語を「意見」に置き換えれば、これはそのまま政治にあてはまる。"
- 勉強になる
- 「その場を浄めるために笑う」、これ職場で(特に他部署行った時)無意識にやってるかも。清めるというか、場を自分エリアにするために。
- タイトルを読んだだけでシンスケを思いうかべた。
- 笑いを取るスキルに加えて、政治性が強い人間が、芸人の世界で生き残る、ということか。
- 具体的に誰の芸を指しての分析なのか具体例が出てこない。判断保留。要検証。
- "彼らはある種のパワーゲームについてはプロフェッショナルだからである。"
- 多分芸人や恒常的視聴者は無自覚では?エトランゼだけがそうした構造に気付く。文化人類学的で面白い
- この見方は無かった。そういえば競輪もいろいろ選手間のパワーゲームがあるって言ってたな。
- 「(自分の笑いと追随を通じて)その場を統御する能力」「全員が誰が先に笑いを取り、誰がそれに追随し、誰が割り込み、誰が「受けない」ギャグを査定し、誰が笑いの「割り前」を分配するか…というパワーゲーム」
- 笑いとパワーゲーム
- これは出版すべき
- 考察としてはおもしろいけど一般的なテレビ視聴者はそんなパワーゲームをみているんじゃない。刹那的な笑いを享受したくてテレビ見るんだよ。/「私はあまりテレビをみないのだけれど」的な断りいれるのって中二病?
- 笑いの政治性か、なるほど。/ちなみにはてブのコメントも一種のパワーゲームだと思う。
- みごとな「ひな壇系バラエティ」の分析なんだけど、ふだんTV見ない人が一見でパッと喝破できちゃうくらいなもんなの? 笑芸人とか日経エンタの立場ねえなあ。/あれ、この見方って週刊誌やそれこそ東スポでも頻出
- アメリカだと俳優から政治家になってる人が目立つ。(自己)表現としての「演技」?
- 『「お笑い芸人」に要求されるのは「自分の笑いに他者を追随させることを通じて、その場を統御する能力」である。』









