私立学校初任者研修近畿地区研修会という長い名前の集まりで講演。 夏休みに入ってこれで教育関係の講演が4つ目。これでおしまい。 近畿六都府県の私立の中高の新任教員のみなさんを対象にした二日間のセミナーのはじめの方でお話をさせていただく。 お呼びくださったのは去年の今頃に舞子ビラでやった兵庫県私立中高連合会中堅教員研修会のときの肝いりのみなさん(甲陽学院の石川義明先生、灘の倉石寛先生、雲雀丘学園の玉井英夫先生)。 玉井先生は釈先生の恩師である。 私のような態度の悪い男を二度までも研修の講師に招聘しようというの... > このページを見る
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2008年08月19日13時17分
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- “消費主体としての生き方をすでに内面化した子ども”←まさに私のことです。一夜漬けで良い点をとり、スマートさを周りにアピール。でも実力はないので模試は散々...
- 「子どもたちを『同時代のドミナントなイデオロギーから守ること』、それが教育の存在理由である。」
- 先生の教えていることが何の役に立つのか。そんなのわかるはずがない。「学校は対抗文化の拠点でなければならない。」
- 学校が対抗文化の拠点であって欲しいと願う気持ちには半分同意する.だが,歴史的に見ても,そうであったことは稀だろう.そもそも「対抗文化の拠点としての学校」という概念自体,空想的に過ぎるのである.
- 小学生になら「いいから黙ってやれ」だと思うけど中高生以上にはどうかなあ。しかし「それが何の役に立つの?」って視点しか持てない子どもは不幸だろうと思うので先生たちはがんばってほしい
- 学校で買えればなと思ったものが、他でもない、知識でした。というわけで僕も消費社会の申し子!
- この説は何度も読んだが引っかかる。勉強しなかったけど大学卒業資格を得た、と自慢するバカ子どもには、「君が賢く安く手に入れたと思ってる資格には一銭の価値もないんだよ」と能力主義社会がちゃんと宣告してる。
- 学校時代身につかず苦痛だったのは教師がその意義を説明できず記憶だけを強制した教科。意義を言えないのは給料のためだけにやっていて本当は愛していないから。消費文化は関係ない
- 「いいから黙ってやりなさい」「先生にもよく分からない」としか答えられないなら、なぜ教壇に立つんだ?無知の知と、それとは話が違うような。少なくとも、自分なりの答えを考え続けている教師に教えられたい
- 言っていることが何から何まで俺の信念と対立してる
- 教師が意義を完全に理解している必要はないという意見には同意する









