水村美苗さんの話題作『日本語が亡びるとき-英語の世紀の中で』を鹿児島への機内で読了。 まことに肺腑を抉られるような慨世の書である。 『街場の教育論』で論じた日本語教育についての考えと通じるところもあり、また今書いている『日本辺境論』の骨格である、日本はユーラシア大陸の辺境という地政学的に特権的な状況ゆえに「政治的・文化的鎖国」を享受しえた(これは慶賀すべきことである)という考え方にも深いところでは通じているように思う。 とりわけ、「あらまあ」と感動したのは、「アメリカの植民地になった日本」についての考察で... > このページを見る
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2008年12月17日16時39分
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論点ずれますが、こういう文脈でいつもフィリピンが例に出されるのが納得いかない。
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「日本の高等教育のきわだった特徴は鴎外漱石の時代からそれがひさしく「巨大な翻訳機関」だったことにある…その意味でわたしは幕末にオランダ語を読み、訳し続けた人々の直系の末裔である。」
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- 「日本語が滅びるとき」のポイント
- 「フランス語の世界では、「フランス語を日本語に置き換える」という作業の重要性が顧みられなくなった後に、学界そのものが重要性を失った。」
- これはよい……なんだろう随想かな。
- lingua francaということは、つまりこういうことなのだよなあと。ブコメの中には批判的否定的なものもあるが、lingua francaとしての日本語が、どれだけの土着日本語を押しつぶしたかということを考えると無碍にはできない。
- 例の本、Amazonから届かないと思っていたら「配送できなかった」そうだ。why?/なんかもう諸手を挙げて賛同する。そのかわり、これに危機感を覚えるのは一握りのインテリ層でしかなく大半の庶民には関係ない話なんだろう
- 日本語が亡びるとき-英語の世紀の中で
- 「日本の高等教育のきわだった特徴は鴎外漱石の時代からそれがひさしく「巨大な翻訳機関」だったことにある」
- 「研究者」と「翻訳者」は別物だと思うけど。マンガやアニメは日本語から世界中の言語に翻訳されているし。
- ニュースピーク
- 今回の内田先生は哀調
- "それは「日本語を英語と共約可能なだけ知性的感性的に厚みのある国語として作り上げる」努力を止めることを日本人たちが受け入れたということである。"
- “自国語を「生活言語」として退け、英語を「普遍語」とする流れはこのようなアジア全域を巻き込んでいる「競争的」環境においてはとどめることができないだろう”
- フランス語での論文が一本もないフランス文学研究者である内田の、滅びる前の居直り。笑止。研究者として無能であることが、そんなに誇るべきことなのか。
- 翻訳するという仕事、に割かれている時間を別のことに割けるとしたら、ってのを地で行っているのがSTMサイドなのかね。
- これはむしろ水村氏の、ひいては戦後知識人の想像力の限界を示してはいないか。黒船来襲時に日本人の識字率は世界でトップレベルではなかったか。そして母語は易々と入れ替わるものか?
- 日本の外国文学研究が滅びるとき (内田樹の研究室)
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