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壁と卵 (内田樹の研究室)

村上春樹エルサレム賞の受賞スピーチが公開されている。 非常にクリスプで、ユーモラスで、そして反骨の気合の入ったよいスピーチである。 「それでも私は最終的に熟慮の末、ここに来ることを決意しました。気持ちが固まった理由の一つは、あまりに多くの人が止めたほうがいいと私に忠告したからです。他の多くの小説家たちと同じように、私もまたやりなさいといわれたことのちょうど反対のことがしたくなるのです。私は遠く距離を保っていることよりも、ここに来ることを選びました。自分の眼で見ることを選びました。」 そして、たいへん印象... > このページを見る

最終更新時間: 2009年02月18日18時53分
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  • 「たとえ間違っていても私は弱いものの側につく、村上春樹はそう言う」「「正しさ」についてではなく、人間を蝕む「本態的な弱さ」」「「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。」 2009/02/27
  • 「たとえ間違っていても私は弱いものの側につく、村上春樹はそう言う」「「正しさ」についてではなく、人間を蝕む「本態的な弱さ」」「「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。」 2009/02/27
  • 内田樹さん見直した. 2009/02/26
  • 村上春樹 2009/02/22
  • エドワードサイードも知識人は権力にこびるなというか、常に弱者の側につくと言ってたような。うーん。 2009/02/22
  • 内田樹は春樹論だと輝く。 2009/02/21
  • 『風の歌を聴け』 2009/02/21
  • 「風の歌を聴け」のあの場面の解釈につながるのか / 改めて、今回のスピーチが村上春樹の小説家としてのアイデンティティを明確に表現したものでもあったのだなあと。 2009/02/20
  • けっきょく行為と内容のゆえに、誉めるとしたらこうなるわけか。でも政治と哲学だってそれらは語らなきゃいかんのじゃないのか? 2009/02/20
  • 本態的な弱さ 2009/02/20
  • "弱いものがつねに正しいわけではない"これって当事者運動にコミットした左翼なら嫌でもわかることだと思うんだけど……そうでもないのかな。昔の学生運動の話とかなんかな。物語に賭けるというのは筋としてわかる 2009/02/20
  • 「このスピーチが興味深いのは「私は弱いものの味方である。なぜなら弱いものは正しいからだ」と言っていないことである。」「村上春樹は間違いなく人間の「本態的な弱さ」を、あらゆる作品で」 2009/02/19
  • 本能的な弱さ 2009/02/19
  • 壁と卵 (内田樹の研究室) 2009/02/19
  • スピーチ全文を読んでいる時、まさに「風の歌を聴け」の同じ場面を思い出した。やれやれ。 2009/02/19
  • >経験的に言って、人間はしばしば弱く、かつ間違っている。>「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。 2009/02/19
  • 村上春樹 2009/02/19
  • "「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。"言い切りすぎでは。「重力と恩寵」ってそれのことじゃないのかね。 2009/02/19
  • 「経験的に言って、人間はしばしば弱く、かつ間違っている。」 「経験」という主意主義的・個別的・主観的な言葉を論拠としている時点でこの人物の限界を感じる。適当なこと言ってんじゃねえよ、と 2009/02/19
  • このスピーチが興味深いのは「私は弱いものの味方である。なぜなら弱いものは正しいからだ」と言っていないことである。 2009/02/19

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