Googleとアメリカ作家組合のフェアユースと著作権をめぐる裁判が和解した結果、ベルヌ条約に参加している日本の著作権者たちも本年5月5日までの期限付きで、コピーライトにかかわる選択をしなければならないことになった。 和解条件によると、2009年1月5日以前に出版された書籍については、 (1) 著作権者はGoogleに対して、著作物の利用を許諾するかしないか、許諾する場合、どの程度かを決める権利をもつ (2) Googleの電子的書籍データベースの利用から生じる売り上げ、書籍へのオンラインアクセス、広告収入... > このページを見る
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2009年03月23日11時30分
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"自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たちは、どこかで「栄光」をめざすことを断念した人たちである"
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- 常々、快楽を最大化するためには「飢え」が重要だと思ってるんだが、それは別のレイヤーの話だよね。
- “自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たちは、どこかで「栄光」をめざすことを断念した人たちである。”
- 初心を忘れるなってことかな。
- 自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たちは、どこかで「栄光」をめざすことを断念した人たちである。
- <自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たちは、どこかで「栄光」をめざすことを断念した人たちである。>
- 情報の開放性、本と書棚と著作権
- 勤め人故
- 「テクストは商品ではない」のかどうか。
- 「選択しなければならない」<「選択できる」だけで、しなくてもいいよ。「触れる機会を最大化」<どうぞお好きに。「同意しない」<多様性を認めないわけね。というか、もっと深刻な問題が思い浮かばないものかなあ
- ものの見事に本質をついてるね。超禿同。およそ創作活動の全ては、金儲けがしたいからでなく、ただ自分がしたいからしてるのだ。無料になったら読まれなくなるのでダメというのでは、創作者失格なんだろう
- 中学生の私のところにある日Googleがやってきて「これこれそこの少年よ、君の著作物を電子的にデータベース化して、世界の読者の閲覧に供して差し上げようではないか」と申し出たら私は熱いハグでお応えしたであろう。
- 「私たちは無料で本を読むという所から読書人生をスタートさせる/無償で読む機会が提供されたらもう有償で購入する人はいなくなるであろうと思っている人たちはどこかで栄光をめざすことを断念した人たち」熱烈同意
- 他のブコメを見るに、兼業ライターが見たら禿同できて、専業ライターが反発を覚えるみたいな構図も見られそうだ(もちろん100%ではなく)。専業農家や専業主婦をどう評価するかとかぶりそう。
- 全く賛成だな。買うやつは買わないし、買う人はたとえWebでただで閲覧できても買う。個人的には、無料の電子データを製本するのがフツーになって、その過程で著者にも喜捨できたらいいなーって思うよ
- 他人に見せびらかすために本棚を埋める人がいるから、googleのデータベースで20%を閲覧できても購入者は減らない、って話。/別に見せるために読んでるわけじゃないし。無料なら無料で読みたい。
- 「自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たち」 無償で、どころかたった20%で反対してるからなあ
- 他人からこう思われたいから買う。確かにそういうこともあるだろうけど、大部分は「単に読みたいから買う」んじゃないかな。飾るために買いまくれるほど裕福じゃないでしょ多くの人は。
- 何て清々しい文章
- “自著は「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」と思っている人たちは、どこかで「栄光」をめざすことを断念した人たち”|専業作家は読者の為にもなっているという指摘









