四年生の専攻ゼミでは「草食男子から平成雑食メンズ」というお題でお話を伺う。 こういう世代論的分類法はどれほど信憑性があるのかしらないけれど、遠く「モボモガ」や「アプレゲエル」の時代から始まって「太陽族」「六本木族」「みゆき族」など「族」時代を経て、「○金/○ビ」、「根暗」、「新人類」、「草食系」など無数のバリエーションがある。 どれも世相をすぱりと切り取って、鮮やかである。 今回の「草食系」というのはネーミングが卓越していたので、広く人口に膾炙した。 けれども、それも「もう古い」のだそうである。 一月ほど... > このページを見る
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2009年04月29日11時20分
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- いわゆるecoも「資源の分配」「疚しさ」ということか
- “社会が豊かになると「肉食」的な生き方の方が有利。弱者や劣者を「食い物」にする生き方が推奨される|自分は相対的には豊かであると思っている人間がそのことについて一抹の「疚しさ」を覚えるような時代の空気”
- 世の中の空気が弱者ベースになってきてる。スッと寄付してしまう空気。ファンドレイジングも押しの弱い方が効果あったりするのかも。
- 「自分は相対的には豊かであると思っている人間がそのことについて一抹の「疚しさ」を覚えるような時代の空気になっている」
- "地球生態系に65億の人類をこのまま養うだけの資源がない以上、総体として私たちが「飢餓ベース」「貧困ベース」「弱者ベース」の生存戦略に切り替えることはおそらくは人類学的必然"
- そんなことを少しも感じないで、自己利益の追求に熱中している人もまだたくさんいるだろう。 けれども、そういう生き方はもう「デフォルト」ではなくなった。
- 草食系と肉食系の人が各時代にそれぞれ存在し、世相によってメジャーに映るものが変わるという事だと思う。バブルと今の時代を比較した内田先生は慧眼だなぁ。周りを見ると、内田流草食系が増えてる気がする
- 地球生態系に65億の人類をこのまま養うだけの資源がない以上、総体として私たちが「飢餓ベース」「貧困ベース」「弱者ベース」の生存戦略に切り替えることはおそらくは人類学的必然であるように私には思えるのであ
- 地球生態系に65億の人類をこのまま養うだけの資源がない以上、総体として私たちが「飢餓ベース」「貧困ベース」「弱者ベース」の生存戦略に切り替えることはおそらくは人類学的必然であるように私には思えるのであ
- まあ、ちまたでいう草食系といわれているのはそういうことではないんですけどね。
- 「こういう分配ルールのシフトはほとんど無意識的にスイッチが切り替わる。」/「1964年の東京オリンピックを境として、日本人はしだいに「肉食」化」/「時代の変化はこういうささいな徴候のうちに表れる」
- 内田氏の草食感。女性誌とかでみかけるのとはちょっとちがう
- 一般論。戦前にも宮本輝の父親みたいな人も大勢いた。戦国時代なんて下克上だった。歴史は繰り返す。万人に当てはめられる「一般論」ってあり得ないと思う今日この頃。
- 共産党のハウスキーパー問題って1950年代じゃなかったっけ?少なくともバブル期より1950年代のほうが、男性が女性を搾取しまくってたのは間違いないよなあ/wikiでは47年の宮本百合子の論文が出てる
- "地球生態系に65億の人類をこのまま養うだけの資源がない以上" じゃあとっとと宇宙行こうぜ!月とか火星とか!ダイソン球も軌道エレベーターも造ろうぜ!って言いながらみんなの頭を軽やかにはたいて行きたくなる









