鳩山由紀夫内閣が成立した。 新閣僚の所信表明の記者会見を遅くまで見る。 これまでの三代の自民党内閣では、新閣僚の所信表明なんか、一度も見たことがなかったのだが、やはり政権交代ということになると、何を言うのか興味がわく。 閣僚名簿を見て、世の中大きく変わったなあと思う。 会ったことのある人が二人(仙谷由人さんと福島瑞穂さん)閣僚に入っているからである。 お二人とも、わりと長時間、政治についてお話しした。 仙谷さんとは松井孝治、松本剛明、細野剛志という四人の民主党代議士のみなさんと、福島さんとは差し向かいで。... > このページを見る
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2009年09月17日11時55分
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- 民主主義は衆愚政治でありセカンドワーストであるが、我々はそれ以上を望めない。
- あれだな、公民の教科書を銀英伝にするべきだ。
- うまく整理の付けられなかった心境に見事一筋の光を、希望をくれた。素晴らしい。
- ものすごくまっとうなことを言っているように感じた。
- なるほど。小泉郵政選挙もその意味ではデモクラシーであった。そして我々は「失敗」した。そういう意味では、やっぱり小選挙区制は続けるべきなのだと思う。
- ヤン・ウェンリーですね。
- 官僚支配ではなく政治家の劣化/「ただしい官僚」の意見よりも「間違った民衆」の意見を優先する。希に間違ったときにも「官僚」たちは自説に固執するが、「民衆」はころころ意見を変えるから。
- 省庁を代表して公式な見解を述べるのは行政官ではなくて大臣であるべきだと藤井財務省が気色ばんで言っていた。 それを聴いて、「霞ヶ関支配」といわれる言葉が「行政官の横暴」ではなくむしろ「政治家の劣化」のこ
- デモクラシーがなぜいいのか、官僚支配はなぜダメなのかよくわかる
- <有能で有徳だが、「民衆の利害と相反する」政策を行う統治者よりは、さして有能でも有徳でもないが、「民衆と利害を共にする」統治者の方が好ましい。「賢い統治者」よりは「身の丈にあった統治者」の方が好ましい>
- 「コスト」という表現、良いなぁしっくりくる。
- 間違いを訂正できない官僚政治より間違いを訂正できる民主政治の方が長期的に安定した政治を期待できる、という認識であれば理解できる。小泉郵政選挙で国民は間違った。だが訂正された。それで良い。
- 「「官僚」たちは自説に固執するが、「民衆」はころころ意見を変える」
- "彼ら (引用者註: 官僚) は「勝率99%」を理由にして、その1%の誤りを決して認めない。民衆の判断は多くの場合誤るが、彼らは「何だかこの政策はうまく行っていない」と感じたら、100%の確率で意見を変える"
- 官僚支配ではなく政治家の劣化というのはその通りだし、権力を長期間もつと悪い事をするから政権交代をコンスタントにおこし、そのぎこちなさはコストとして引き受けなきゃいけないのもその通り。凄い説得力。
- "「ただしい官僚」の意見よりも「間違った民衆」の意見を優先する""短期的にはそれで失敗があっても長期的に見た場合にはその方が利得が大きい""官僚たちは自説に固執するが民衆はころころ意見を変える"( ..)φメモメモ
- 「有能で有徳だが、「民衆の利害と相反する」政策を行う統治者よりは、さして有能でも有徳でもないが、「民衆と利害を共にする」統治者の方が好ましい。それがデモクラシーの公理である。」
- 興味深い。そして我々はそのデモクラシーのコストを、現政権を直近の民意の反映とみなして支払うことに納得する良質の消費者とならねばならないわけだ。でなければ官僚をきちんと信用しなきゃいけない。どちらかだ。
- 「民衆の判断は多くの場合誤るが、彼らは「何だかこの政策はうまく行っていない」と感じたら、100%の確率で意見を変える。」 これをわきまえず、やたらと「国民」を愚弄する情報強者様が多いですからねえ。
- "有能で有徳だが、「民衆の利害と相反する」政策を行う統治者よりは、さして有能でも有徳でもないが、「民衆と利害を共にする」統治者の方が好ましい。「賢い統治者」よりは「身の丈にあった統治者」の方が好ましい"









