兵庫県立教育研修所にて、去年に続き、県立高校の二年次校長のための研修会で講演。 県下の高校の校長先生たちにまとめて「営業」できる機会なのであるが、今回は入試部長として行っているわけではない。 お題は「今、学校教育に求められているもの」。 鳩山内閣の教育政策への期待から始まり、公教育への財政支出の対GDP比の話、消費文化と原子化の話、ブリコルールの話と、話頭は転々したが、メインテーマは「学校は子どもを成熟させる場である」ということである。 学校教育についての評言のほとんどは、それがどういう「利益」を「受益者... > このページを見る
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2009年09月18日18時32分
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教育の人類学的使命は「子どもを大人にする」ということ
- 『なぜ、そのことをしなければならないのか、その理由を「それがもたらす利益」によって実定的に言うことはできないが「どうしても、そのことをしておかないと、 『よくないこと』が起こりそうな気がする」という直
- するべき理由を「それがもたらす利益」によらず『誰にも命じられず、誰にも責任の分担を求めず、固有名において「そのこと」を敢行できる人間、それが「大人」』、後半メンター、
- 「「大人」とは人間の社会的活動の意味を考量するときに「それをするといくらになるの?」というような「子どもじみた」問いを発しない人間のことである。」
- 学校教育の本義は「利益」によって表示されることはできない。 その人類学的使命は「子どもを大人にする」ということに尽くされている。学校は子どもを成熟させる場である。
- "「こここそ『私の目的地』だったのだ」と誓言した人間が事後的に構築したものである。 「大人」というのは自分が生きたことの意味を担保するものは自分の外部や上位には存在しないということを知っている人間のこと"
- 是非、内田先生におかれましては嘘を吐き騙して悪い方向に導き大人を困らせ反抗する将来性があり生産性度外視の未来を想像する子供を育てて欲しいです。現在のトヨタの飼い犬の大学教員に欠けている点です。
- 「直感に基づいて、誰にも命じられず、誰にも責任の分担を求めず、固有名において「そのこと」を敢行できる人間、それが「大人」である。」
- 「「大人」というのは自分が生きたことの意味を担保するものは自分の外部や上位には存在しないということを知っている人間のことである。」
- 『学校教育の本義は「利益」によって表示されることはできない』ねえ。うーん、社会の利益でしょ。それは数字にできないけどね。個人の自立と社会の一員として責任を果たすことが大人だと思う。
- 学校教育制度の話しと言うより、学校を経由しながら人間としての成長するときの、個人にかかわる話な気がします。君は君が君を探すんだよと。あと、メンター、かな。
- 「学んだことが「役に立つ」かどうかを決めるのは学ぶもの自身である。価値は知識や情報や技術に内在するのではない。それを用いる人間が構築するのである。」使いたい言葉
- 人間社会とは不条理でカオスであることがデフォルトだということに「気づかせろ」(決して「教えろ」ではない)ということね
- この人にはお笑い教育学の称号を授けたい
- "カミュが言ったように「いかなる上位審級も規矩として機能していない局面で、なお適切に行動することができる能力」が人間の真の人間性を構築しているのである。"( ..)φメモメモ
- 学んだことが「役に立つ」かどうかを決めるのは学ぶもの自身である。価値は知識や情報や技術に内在するのではない > これは同意。そうでないと与えられたことしかできない奴隷に成り下がる。
- 「どのような不条理な状況の中にも、「それでも比較的条理の通った部分」はある」「いったいここでは人々はどういうルールでゲームをしているのだろう」と当惑したときに、教えてくれそうな人を探して訊く」
- うーん。探ていw役は一人でいいんだけどなぁ。ワトソンや、死体や、犯人や、容疑者や、助言や、惑わしや、何でもない人や、いる気もするなぁ。自分が自分にとって特別であろうとも。
- おおう。まったく意味がわからん。結局何が求められているのだろうか……。という僕みたいな人がたくさんいるからつまらないライフハック系の記事や本がたくさんできるんだろうな。自分で考えないと。
- >学んだことが「役に立つ」かどうかを決めるのは学ぶもの自身である。









