めぐみ会奈良支部で講演会。 めぐみ会というのは会員30000人を擁する本学の同窓会であり、つねづね申し上げているように、本学の重要なステイクホルダーなのである。 私の「教育はビジネスの語法では語ってはならない」という教育論は学内的には「非現実的」「思弁的」というご批判をいただくことも多いのであるが、同窓会内部には支持者が多い。 同窓生たちの中には億単位の寄付を遺贈する方が少なくない。 それは別にスーパーリッチな卒業生が多いという意味ではなく、彼女たちが「教育というのは本質的に『教える側の持ち出し』である」... > このページを見る
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2009年10月22日12時21分
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不等価性。イノベーションもこの原理なんだろうね。
- 「私が今使っている価値の度量衡では計測できない価値」
- 「贈与」の尊さを説いた話のオチが一気買いでニーズがサプライで満たされて至福な気持ち、というのはワザと?
- 卒後教育
- 確かに,「何かよくわからない」は「知りたい」のcauseに成り得る.勉強然り,人生然り.
- しかし、と前提を受けた上で、自分が何者かに与えられるものがあるのだろうかと考えない教師もいるんじゃなかろうかと、そんなもの選別できはしないけれど。
- あいかわらずオモシロいことをいふのー(*´д`)ノ
- いつも心に内田先生。>ひとが「私は成熟しなければならない」と思う理由はひとつしかない、それは「成熟しなければ、理解できないことがある」からである。それが理解したいからである。>
- 互酬性
- いいこと言うなあ
- "私たちは、「それが何を意味するのかが、今の私には理解できない贈り物」が手渡されたときにのみ、その意味を解明するためには「成熟しなければならない」と思い始める。"
- 子育ても似ている。
- 「卒後教育」/「生徒による授業評価」なんてまさに宿敵ですね。ただ教育の質なんて今すぐにわかりゃしないとなると、開き直る「不適格センセ」はどうしましょ。(別問題か。
- 贈与の本義は、「なんか知らんけど、贈ることになってるから渡しちゃう。なんか知らんけど、もらうことになってるから有り難く受け取る。」だと思うんだよな。なんか知らんけどを計算しても無意味。
- 「教育というのは本質的に『教える側の持ち出し』である」「真に優れたビジネスマンは、経済活動においてさえ、その本質は「贈与」にあることを知っている。」
- 実体のない「何か」を受けているという感覚はあった。大学に入って特に。講義のスコアは最悪だがいつか自分もその「何か」を理解し後進に伝えていきたいなあ









