出版社からいろいろ本が送られてくる。 「ぜひご高評賜りたく」というようなことが書いてある。 でも、よほどのことがないと書評は書かない。 つまらなければそのままゴミ箱に放り込み、面白ければ酔っぱらいながらでも読み進み(翌朝内容をすっかり忘れている)というような自分勝手な読み方は書評家には許されないからである(当たり前だが)。 だから、これまでにいくつかの新聞社や出版社から書評委員になってほしいというオッファーが来たけれど、全部お断りした。 それでも、本は毎日のように送られてくる。 でも、年末から久生十蘭が「... > このページを見る
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2010年01月10日12時13分
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「情報コンテンツは本質的には「商品」ではなく「贈与」だ」。わかるな〜
- なるほど・・・
- 新聞とテレビは終わっているとの話。ラジオも終わって・・・いないのか、そもそも話題にすらならないのか?
- あとで
- 佐々木俊尚『2011年新聞・テレビ消滅』良質なコンテンツの提供者という「小商い」にシフトするほかない。スムーズに贈与が進行するためのインフラストラクチャーの整備という「セカンドビジネス」は成立する。
- 情報コンテンツは本質的には「商品」ではなく「贈与」だということである。--これ、今後重要な言説。「知」は内部からはやってこない。外部か暗黙知からだけである。
- ミドルメディアを使った活動は「コンテンツ提供者とその享受者たちのあいだでの人間的信頼関係が保たれる程度の小商い」というのがいちばん「つきづきしい」形態だろうと私は思う。
- 『中間共同体の共同性は「うまく立ち回ったもの」に傾斜的に利益が配分され、「しくじったもの」が損をこうむるためのものではなく、そこに蓄積されたリソースがメンバーたちにフェアに分配されるための共同性』
- "そこに蓄積されたリソースがメンバーたちにフェアに分配されるための共同性である", "ミドルメディアは本質的に「反資本主義的」なものたらざるを得ないだろう"
- いわゆる「マスコミ」が今後生き残る方法は一つ。一般人には入手し難い一次・内部情報(特に政治系)の獲得。論説ではない。それ以外にない。
- 「知性的」というのは、「おのれの知性の不調を勘定に入れることのできる能力」
- twitterでdisられてた(not出版クラスタに)のが印象的。
- 小商い
- "中間的共同体の「中間性」は、まさしくそれがビジネスオリエンテッドではないということに担保されている"
- ミドルメディアは、マスで製造されたものがパーソナルに消費されるという経済構造そのものが共同体の解体と個の原子化したのを補正するの動き。「中間的なメディアによって結ばれる中間的な共同体」。
- それは言い換えると、情報コンテンツは本質的には「商品」ではなく「贈与」だということである。
- 確かに主役では無くなってきてるよね。/既存メディアが「終わらない」のを「変わらない」とすり替えるのも、そろそろ限界かも?
- 『情報コンテンツは本質的には「商品」ではなく「贈与」』『ビジネスが介在する余地があるとすれば、「スムーズに贈与が進行するために必要なインフラストラクチャーの整備」というかたちで派生する「セカンドビジネ
- 検索しても「 2011年 新聞・テレビ消滅」しか見つからない。1年減らしてませんか?
- 『つねづね申し上げているように、「知性的」というのは、「おのれの知性の不調を勘定に入れることのできる能力」のことである。』









