甲野善紀先生を本学の特別客員教授にお招きして3年。この年度末で任期満了となる。 2月1日から3日までの集中講義が甲野先生の本学における最後の授業である。 ご挨拶に伺い、お稽古に加えて頂く。 ずいぶん多くの学生たち(および「にぎやかし」の合気道部員、杖道会員、OG、甲南合気会員)がミリアム館にひしめいて、さまざまな身体技法をあちこちで試みている。 甲野先生の講習会はだいたいこういうかたちで、「全級一斉」という指導法はなされない。 ひとりひとりが自分のペースで、自分の選んだ課題を試みる。だいたい数人のグループ... > このページを見る
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2010年02月03日10時38分
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- "他人を出し抜いて利己的にふるまうことで自己利益を得ている人間は、そういうことをするのは「自分だけ」で他人はできるだけ遵法的にふるまってほしいと願っている。"
- きちんと読んだら、またすごい文章だ。
- "「私のような人間ばかりの世界」で暮らしても「平気」であるように、できれば「そうであったらたいへん快適」であるように自己形成すること、それが「倫理」の究極的な要請だと私は思う。"
- "「私のような人間はこの世にいてはならない」という自分自身に対する呪いからはどんな人間も逃れることはできない。そのような人は死活的に重要な場面で必ず「自滅する」方のくじを自分の意志で引いてしまう"
- 成績を自己申告でつける。生徒に一度くらいやらせてみると有効かも。
- オリジナリティの罠
- 倫理 自己評価 キャスター
- 『つねに遵法的で、つねに政治的に正しく、つねに自己を犠牲にして他人のために尽くし、つねににこやかにほほえんでいる人間たちのことを「倫理的」だと思っている人がいるが、そうではない。 』
- "他人の監視や査定を逃れることはできるが、自分が「成績をごまかすような小狡い人間だ」という自己認識からは逃れることはできない。"
- ・・・本当にあの甲野氏の話だったか。電車の中で札びらを数えているのを友人が見た話と某批判エントリを読んでから,この人の名前を忘れていた。
- "他人の監視や査定を逃れることはできるが、自分が「成績をごまかすような小狡い人間だ」という自己認識からは逃れることはできない。"
- 多様性が大事
- 【重要】他人の監視や査定を逃れることはできるが、自分が「成績をごまかすような小狡い人間だ」という自己認識からは逃れることはできない。
- んー…なんだろう、何かだまされているような気がする…
- 人の裏をかいて自分だけがいい思いをするのは現代の正攻法では?力による欲求達成に回帰すべきと?
- とても良い考えかた。甲野先生の身体操作法の話と思いきや、別のテーマであった。
- これは後でじっくり読みたい。
- 甲野氏らしいお話。難しいよねえ>「攻撃」そのものを滋養として成り立つ体制をつくる。
- >「そういうことをすると、あとで別のところで『税金』をきっちり取られることになるからね」
- 14点









