英語公用語化について批判的なコメントをブログに書いたら、いろいろなメディアから取材が来た。 「これはちょっとまずいんじゃないか・・・」とみんな思っているんだけれど、どうしてまずいと思うのか、その自分自身の直感の根拠がよくわからない。 まあ、直感なんだから根拠がわからないのは当たり前なのだけれど、こういう「暗黙知」的なアラームには耳を傾けた方がいいと私の経験は教えている。 公用語化には、いろいろなレベルでの「ひっかかり」を感じるけれど、いちばん問題なのは現に「英語嫌い」の子どもたちが構造的に生まれつつあるこ... > このページを見る
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2010年07月25日12時05分
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- 学者らしい意見だと思うし、自分も賛同する。ただ、現場の教師や「成功した」ビジネスマンがこれを読んでも、「何を学者風情が戯言を」という感想を抱きそうな予感。
- 英語をやりたい理由に多様性が認められないなんか、なんと面白くもない学問なんだろうかと言わざるを得ない
- 英語が役に立つということが英語の最大の問題点。これはわかる。
- 繰り返し申し上げている通り、「学び」においては、努力と報酬を相関させてはならない。
- 英語は喋れるけど、日本語の喋れない黒人やヒスパニック、フィリピーナ等にとって日本企業が英語の公用語化してくれるのは絶好の就職チャンス。移民受け入れのためのアファーマティブ・アクション戦略で少子化に対抗
- 「自分の条理」を通して世界を「親しみのあるものへ」、てのは至言ですな。いちブロガーとして心へ刻みたい。自分が書いてるのは“おはなし”だ、という自覚と共に。
- 「学校教育の場では、「これを勉強すれば金になる」というようなロジックは本来口にされるべきではないということを生徒たちも直感するのである。」
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学生時代は英語嫌いだった、だが深夜偶然見た金髪先生最終回の授業には感動した。東欧革命の最中チェコの民衆が歌っていた、俗に言う『もうひとつのヘイ・ジュ―ド』だ。これのおかげで今でも英語を勉強している。
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ちょうどK大の十日町オフィスで大学の経営方針について議論しているところでした。内田さんの主張は僕の学生時代の経験に直観的にぴったりくるんですね。(僕は数学が嫌いで英語が大好きでしたが考え方は同じ。)
- なるほど。。ようやく解かったような気がする。 英語学習には、ナゾもそれに対する立論も仮定も解析も無く。 当然、結果「解かった!(゚∀゚)」と言う達成感も持ちようがナイからツマンナかったんだ。
- 未知の可能性に依存した子どもだったから非常になっとくしてしまった。
- "叫びつつ、泣きながら勉強しているうちに、自家製の、自分オリジナルの、「それを勉強することの意義」を言語化できるようになることもある。"
- 英語嫌いが多い方が、英語できる人は安泰で楽かもしれない
- 「『走れメロス』を読むと、高校の国語の授業を思い出して、頭痛と吐き気に襲われる学生のあることを私は知らない。他の教科でもそうだと思う。英語だけが激しい拒否反応をする子どもたちを生み出している」
- 驚いたことに、杖道部の主将のマサキくんが私が英語で話し出したら、頭を抱えて苦しみ出した。 こ、これは。ジャイアンの歌声のような破壊的効果が私の英語発音には含まれていたのか・・・と思って訊ねると、「英語
- Googleリーダーより
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こういう「暗黙知」的なアラームには耳を傾けた方がいいと私の経験は教えている。
- よくわからない比喩を使った、アップル製品に関する提灯記事を見ると、ぼくは吐き気とめまいを催す。あれも、アップル製品が嫌いなわけではないんだよな。/奴らに対して、卑しさ、生理的嫌悪を覚えるよ、たしかに。
- "努力と報酬の相関が示された瞬間に、人間は「与えられた判断枠組み」を超え出るという意欲を深く、致命的に殺がれてしまう"
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英語ができんが、何がいかんとや









