古いどマクロに首ったけ THERE'S SOMETHING ABOUT MACRO (1998) ポール・クルーグマン 山形浩生訳 要約:MIT には古くさい IS-LM を教えられるマクロ経済学者がいなくなってしまった。学者たちがそういうモデルをバカにして無視してきたからだ。でも現場では IS-LM がばりばり使われている。それは IS-LM みたいなモデルが、いろいろ批判はあるにしても、具体的な問題を考えるための実に簡潔で有用なツールを提供してくれるからだ。 年末シーズンに入ってきてぼくの頭をよぎ... > このページを見る
最終更新時間:
2011年08月04日16時31分
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- 要約: MIT には古くさい IS-LM を教えられるマクロ経済学者がいなくなってしまった。学者たちがそういうモデルをバカにして無視してきたからだ。でも現場では IS-LM がばりばり使われている。それは IS-LM みたいなモデルが
- うん、たとえば金利と物価水準といったマクロ系の問題について考えるための、手っ取り早い枠組みがほしいとしよう。一般財、債券、お金を図1の三つの財として考えてみるのが一番自然ってもんだろう_φ(・_・
- IS-LMは無視したい、学生にも教えたくないという「真面目」な学者さんは日本でも多いのかな?小島寛之先生もそんな事言ってたな。
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マクロ経済学に首ったけ ポール・クルーグマン
- 98年のコラムなんですね、これは今(ry
- “個人の動機や行動をそこそこ反映し、本質的に積み上がる制約を尊重し、でも勝手に動くような部分がないモデルであってほしい。準静的な財・債券・お金モデルは、まさにそういうものだ”
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山形さんがひっさしぶりにクルーグマンの翻訳をしている。
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- 今更だけど「マーケットの馬車馬」さんって「馬車馬モデル」からとられた名前だったりするのかな。








