オデュッセウスは豚の声を誤解したのか、魔法にかけられたのは誰だったのか、魔法は誰がかけたのか | しそ油(えごま油)は炎症を抑えるか » 『一神教の誕生―ユダヤ教からキリスト教へ』 加藤隆 「人に感謝しない者は、神にも感謝しない」でもちらっと書いたのですが、神様というのは「お願いごと」をするものではありません。ところが日本では、肯定するにせよ否定するにせよ、こうした「効能を持つ神(機能によって選ばれる神)」のイメージが強く、いつも神様の話をするのに骨を折ります。 この『一神教の誕生』は、「願いごとをする... > このページを見る
最終更新時間:
2007年11月25日08時43分
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一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)
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- 出版社/メーカー:講談社(新書)
- 発売日:2002/05/20
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- review
- “[律法は]部分については「正しく」できても、全体として「完全に正しく」生きることは非常に難しくなります。これまた、宙吊り状態が作り出される”
- |圧倒的に神を信じると「宗教的」なことは何もできなくなる、する必要がなくなる| |イエスの奇跡と一緒で、「確証」はしてくれなくても「安心」させてくれるものが、人は欲しい| / 規範に従うこと、とかも繋がる?
- 苦しむ民に一神教が与えたのは「腑に落ちる」事だったのではないか?
- こういうのを読むと、深く考えてしまう。
- なんか少し抱いていたキリスト教への違和感が解けた気がする
- 多くの人は圧倒的な信仰が無理で、何とかして安心を求めようとするところこそ、社会学的な枠組み(準拠集団とか普及論とか)が宗教的なものと生きる隙間なのかなと。
- 『黙示思想とは「罪が義になるのは全然無理」と言ってしまうことです』『圧倒的に神を信じると「宗教的」なことは何もできなくなる、する必要がなくなる』
- 『でも、脳みその半分くらいは、ずっとずっと神様のことを考えています。』 なんだかすごい気になる・・・・・・・・
- 「予定説」からくる、「自分は正しいはず(救済されるはず)である」という焦りとか。
- 「神様は助けてくれなかった。この時、ユダヤの民は「ヤーヴェは役に立たない」と捨ててしまわず、代わりに導入されたのが契約と罪という概念」「あたしたちの側が約束を守っていなかった」「宗教=何をしてもムダ」
- すごく分かりやすい。素晴らしい。
- http://www.tomabechi.jp/archives/50316486.html
- 宗教について考えれば考える程に宗教的態度から遠ざかっていくのだよね・・・
- 弟子にしてください
- 加藤隆といえば,「新約聖書の誕生」も興味深かったです
- 「イエスの奇跡と一緒で、「確証」はしてくれなくても「安心」させてくれるものが、人は欲しいのです。安心をバカにしてはいけません」「わたしたちは大抵そんなにタフではないし、タフでないから愛が欲しいのです」
- ジョン・レノンの「GOD」を思い出した。










