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他人の記憶を思い出すこと、「覚え書き」を覚えていたのは誰なのか - ish

先日お邪魔した「アラブの音を聴け」での師岡カリーマ・エルサムニーさんと常味裕司さんのトークの中で、ウードの譜面が話題になりました。 常味さんは基本的に西洋式の譜面を利用されているようですが、ウード独特の伝統的な記法もあるようです。そしてこの記法に触れた時、常味さんが「でもこれは覚え書きのようなもので」と仰ったのに、ハッとさせられました。 「覚え書き」というのは、楽譜に音楽の構成要素が還元されておらず、楽譜だけでは楽曲を再現できない、ということです。 似たことを、アラビア語についても感じることがあります1。... > このページを見る

最終更新時間: 2010年03月15日04時36分
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