以前に森博嗣の小説で見かけたこと。 欧米の集団の繋がりはjoinだが、日本の集団は「俺も混ぜてくれ」という言葉通り、mixなのだと言うこと。 これはとても印象に残っている。(出典となる小説は失念) 確かに欧米はjoinによって繋がっていくリンクリストみたいな感じがして、そのjoinの連鎖が数多く発生していて、最終的には複雑に絡み合ったチェーンみたいな気がしている。 これは、直接その集団に触れた訳ではないので思いこみも入っているだろうけれど、Webサイトにおける繋がりも欧米のコミュニティも、それらの人々が... > このページを見る
最終更新時間:
2008年10月15日01時24分
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良い意味でも悪い意味でも、集団に溶け込めない人たちが特質であるが故に有無を言わせずmixされてしまうことに対する反抗心の現れなのだろうとも思う。
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秀逸。tumblr経由で。2006年の文章か。。。
- 一度はとけ込もうとすること、その結果どう思うか。
- mixiは苦手です。まちがえたmixか!
- 問題点とするならjoinができないのも変わりないのでは。/逆にmixという繋がり方しかできない人がコミュニケーション不得手な場合もあるような。
- “欧米の集団の繋がりはjoinだが、日本の集団は「俺も混ぜてくれ」という言葉通り、mixなのだ”
- 確かに。包摂は質の違いまで含めて議論しないと。
- "自分が自分であることは許されないというか、人格も性癖も特徴も個性も抑圧されて、ただひたすらに集団の構成要素であることを求められているような気がする。"
- なるほど。
- 周囲の目を意識する溶け込めない人と、周囲の目を意識しない溶け込まない人が、いるんだと思う。前者はストレスフルで、後者はフリーダム。前者はおそらく能力の問題で、集団維持に必要な社会の生け贄的な感じかも。
- 日本的なものだと思われているようだけど、欧米にも似たようなコミュニケーション形態は普通にあるので、なんともいえない。







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