自分が書いた一連の「ネットやブログでそこまで本気にならなくてもいい」という趣旨の記事、ネット上で誰かと「理解しあおう」としても無駄な理由http://d.hatena.ne.jp/amourix/20080307/1204868889本気で議論したい場合ってそれほど多くないhttp://d.hatena.ne.jp/amourix/20080309/1205076809に違和感をおぼえた人は、当然のことながら、数多くいると思う。そのような気持ちにも、共感はできる。で、そういう人は、いまこそ実存主義哲学の大... > このページを見る
最終更新時間:
2008年03月10日15時37分
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- 「もしキルケゴールがこうしたインターネットを目の当たりにしたならば、それを、新聞及びコーヒーハウスの最も悪い箇所をハイテクでくっつけたものとみなしたことだろう。」
- あとで考える
- 元記事書いた人です。取り上げていただいてありがとうございます。
- 公共空間とアクチュアリティの話
- 量が質を変化させるってのはGoogleのデータベースを想像すれば誰にでも簡単に理解できそうだけど、なぜか既存の古い発想で考えがち
- キルケゴールに反対する人もいますよね。Mフーバーとか。http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/christ/tolerantia/06horikawa.pdf#search=%27M ブーバー 公共性'
- いやあ、単に流動性の過剰に人間がついて行けてないだけだと思うよ
- 行為の前後に反省あり。そして行為の為に反省や思弁が必要だったはず。新聞・ネットが登場したことによって自分達は「より善い行為」に収斂させるためのメディアリテラシーを学んできたのだろうか。良記事を書く人だ








