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我慢という美徳 - まじめな中高年・おじさんが綴る日々の日記

自分だけではない。ほかの人だって大変なのだから。自分も我慢しなければいけないんだ。 私はそう考えるように小さいときからいわれてきました。別に両親がそういった。というわけではなく。日本の世相がそうでしたし、道徳やいろいろな教育書籍もそうやって教えていたと思うのです。 たとえば怪我や病気になったとして。一番のお医者様にかかりたい。でも、当然お金なんて無い。ほかの人だってそうなのだと現状でできることで我慢する。それが昔の大部分の日本人の姿だったのではと思います。 昔に比べれば日本は、考えもつかないほどに発展を遂... > このページを見る

最終更新時間: 2009年07月26日11時40分
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  • 私には「我慢という美徳と見せかけた傲慢」のようにしか読めなかった。申し訳ありません。 2010/02/08
  • 多かれ少なかれ生きてれば辛いこととかあるのに、それをプチ鬱とか病気のせいにして会社休んだりする人に対する違和感みたいなことじゃないのかな。弱者を守るシステムを盾にした甘えが横行しているというか。 2008/02/14
  • 我慢だけしてても状況は改善なんかしないよ 2008/02/13
  • どうでもいいがこの件、主治医の判断があった上での事だと伝えてるのが産経しかないな。 2008/02/13
  • 我慢を笑い話にできる位の美徳がほしい 2008/02/12
  • 「治療を我慢しなければいけない」は「行き過ぎた治療はする必要がない」の方がしっくり来ます/ブログタイトルの「まじめ」って洒落なんかな本気なんかな? 2008/02/12
  • ほんとうは我慢を美徳として行っている人は極少数で(いるのかどうか)その建前の基に制度やシステムが作られている。その建前があるゆえにルール違反を糾弾するのもまるで悪いことみたいになってしまう。 2008/02/12
  • その怒りはルサンチマン。ただの怨念。隣の夕食が気になって仕方がない、浅ましい「庶民意識」。「生活保護を受けているのにすき焼きのにおいがした」とか。どうして足を引っ張り合うことが「日本人の美徳」なんだ? 2008/02/12
  • 気持ちは分かるが「我慢・日本人の美徳」を最低限クリアすべき事柄にしちゃうと、ますます国際社会からは不可解な国に見えるぞ。明文化しなきゃ 2008/02/11
  • 我慢、ひいては美徳、および相互監視というものを何らかのシステムと考えた場合に、その崩壊は何をもたらすか。また、新しいシステムが導入されるべきだとしたら何がよいのか、うーむ 2008/02/11
  • あ、電車で若者の態度が気になったからといっていきなり殴るタイプの人だ 2008/02/11
  • わからんでもないけど、その「美徳」のせいで選挙や労組やその他の世の中を平等に動かす「力」も我慢すべき、になったんじゃないのかなあ。あるいは本来美徳の元で排除しなければならないものがされないか。 2008/02/11
  • 誰も我慢なんかしないほうがいいに決まってる、と思うけどね 2008/02/11
  • 昔も今も、声の大きい奴が得するのだからこんなこと言っても無駄 2008/02/11
  • 『日本の世相がそうでしたし、道徳やいろいろな教育書籍も』『誤った権利の主張』『美徳より実を取る』 道徳、教育、権利、美徳 を普遍的概念だと思っているのだろうか。 2008/02/11
  • 我慢した人間が報われる社会でないと美徳にはならない。 でも、日本は今も昔も我慢した者が泣きを見る社会。 2008/02/10
  • 美徳っつうか、コミュニティから排除されないための戦術だったのでは 2008/02/10
  • 私にできることは投票くらいかなと思うのですよ。で、いろいろな事実を知ったとしても不愉快になるだけなので、知る手段がない方が幸せだったかもなあと思うこともあります。後は、お天道様に任せます。 2008/02/10
  • 「我慢という美徳」とは、本来社会問題として取り上げるべき事を、黙っているという為政者にとっての美徳。不正を非難する程度の人とは、意識レベルが違う 2008/02/10

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