さっそく再反論が来てました。http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20120121お忙しい中、わざわざありがとうございます。本当に感謝しております。この議論で世間の皆様がすこしでも美学に関心をもっていただけているようで、こういうマイナーな学問をやっている者としてはありがたい機会であります。 でも相変わらず、山形氏は議論の問題設定を誤解されているようなので、ちゃんと書いておきますね。 1.山形氏の誤解注意して欲しいのは、ここで議論されているのは「いきなり目の前に人工物だか自然だか... > このページを見る
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2012年01月22日00時44分
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プラスチックの木でなにが悪いのか: 環境美学入門
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- えっ?コメント欄の議論見たが、『まだ自然の樹ほど綺麗なプラスチックの樹は作れてないよね』って、誰でもそりゃそうだとなる事実を指摘しただけの何の面白味もない話にしてしまった感があるんだが。
- 本読んでないからアレだけど、現に(比較的作りやすい)プラスチックの花が心和ませるものとして結構受け入れられている現実がある以上、樹木もちゃんと作ればいいんじゃね?という山形疑問は尤もだと思う。
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ここまで誰もレディオヘッドのFake Plastic Treesの話をしてないなんて何かがおかしいよ http://www.youtube.com/watch?v=HDS4wOd_o1I / あとよくわかんないけど美学の「外観」って嗅覚とか入らないんだろうか。
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いい加減うんこカレーで喜ぶのは小学生までだということに気づいてくれwww
- そもそもなんで←まだそこまでの話(A≠A、美の集合に『美』は入らない)にはなってないんぢゃないの。「A=Aがトートロジー」みたいな寝言が通ると思ってるんだから。山形は現代すら理解できてないレベル>id:ohnosakiko
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「タイトルに釣られて読んでみたが常識を確認させられただけだった」(意訳)というのがお門違いの批判だと言うなら、結局美学という専門分野に関心のない読者にとってはこの本は無用の長物という事なんだろう。
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ここの議論が面白い(自分は山形浩生派)。アレグザンダーの無名の質とかに通じる議論。 自然のものだから生命感溢れているみたいなトートロジーでなく理由をちゃんと探求したアレグザンダーは偉い(少しトンデモだけど
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山形さんとの 議論 そのものより コメント欄のほうが 理解が ふかまる.アレグザンダーは 「生気がある」は 生物に かぎらない 美的性質であると 議論していた.結局,美的性質が どう 生じるのかが 肝要なのだろう.
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コメント欄でも指摘されているが,議論やブコメを見るに,美学が「感性学」と訳されなかった悪影響はこんなところにも,という印象。
- そもそもなんで←まだそこまでの話(A≠A、美の集合に『美』は入らない)にはなってないんぢゃないの。「A=Aがトートロジー」みたいな寝言が通ると思ってるんだから。山形は現代すら理解できてないレベル>id:ohnosakiko
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結果、平行線。互いに譲らないと終わらない気が。。。
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美的評価って政治層も含まれるんだね。まぁお金が絡むなら当然含まれるんだろうけど。DNA組換えと品種改良の違いニ近い議論。正直この論点は宗教論争だもんなー
- この論争は、そのうち誰かがまとめてくれる、と期待。←他力本願
- そもそもなんで自然の樹にそっくりにしなければならないのかってところが。プラスチックならでは造形にするんだったらこんな議論はないような/※欄にあった>模造品が本物を志向して作られている以上、そこに届かず
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重要な議論だと思う。
- 生ドラムと区別がつかない打ち込みドラムを、アコースティックを売りにしたCDでつかうのは美的に悪か、とかに応用できる?
- 美的に悪いことは美しくない事と同じなのか?美的な悪は倫理的な悪なのか?作る側の「悪さ」なのか見る側が「悪い」と感じる事なのか?等々/人工物を自然物だと騙される可能性がある事はいい気持ちはしないかも
- "「生気がない」とか「乾燥している」とかは、観賞者の感性によって判定されることがらではなく、誰にでも見て取れる、物理的に判定可能な事実" この前提を受け入れられるか、受け入れられないかってだけの議論だね。
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要 山形先生に何が起きたのか調査隊。
1 RT
- 春になれば芽吹き、夏には枝が伸び、秋になれば葉が色づく、そんなプラスティックの樹ならいいよ。
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「タイトルに釣られて読んでみたが常識を確認させられただけだった」(意訳)というのがお門違いの批判だと言うなら、結局美学という専門分野に関心のない読者にとってはこの本は無用の長物という事なんだろう。
- ブログ主は何度も『美的・倫理的に問題なのか』が議論の対象だと指摘しているんだが/美学の議論に興味のない人たちが、自分でも議論・批判できるようにするために、美学以外の領域に議論を持っていこうとしている。
- 2往復分読んでみて、元々の議論がナイーブで稚拙なものなのに山形氏が勝手に深読みして批判している、という印象。ただ現状で美学が依然そういうナイーブな水準にとどまっているのであればそれは問題だと思う。
- 「見る人があらかじめ偽物とわかっている」というのがはっきり前提になっているのならブログ主氏の言うとおりだと思うので、原著でそれが明快になっているのかどうかがキモなのでわ
- 美学はよくわからんけど人間の植えた木との関わり方が変わるなら違うものだよね。人々によって木として扱われている何かを愛でる態度は、木として扱われない(故にメンテコストが削減できる)ものに対してはとれない。
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この話で思い出したのが、作庭家・重森三鈴による千利休の解釈。http://chakai.jugem.jp/?eid=1254 千利休なら、プラスチックの街路樹を美的に賞賛しただろうか。
- 見た目がほぼ気と見分けがつかないプラスチックの木に、土砂を止める機能と光合成の機能がついた場合、それはもう木と呼ぶべきじゃないか。いや、そうじゃないんだろうか。








