いつだったか、「アートの価値は、通常では得られない視点から世界を見るという体験を可能にする点だ」みたいなことをどっかの本で読んだ気がした。だからアートは面白い。アーティストではなくても、普通の人が持っていない視点というものを持っている人がたまにいる。特殊な幼少期を過ごしたとか、家族が変とか、そもそもその人自身が変とか、理由はいろいろある。まあ厳密に言うならば全く同じ視点を持っている人というのはあり得ないので、みんな特異な視点を持っていると言おうと思えば言えるんだけど、それでも特に「この人の視点は面白い」と... > このページを見る
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2007年11月07日18時03分
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- *ウェブ
- Webとかブログとかの利点は、ありとあらゆるマイノリティの生の声が聴けることだ。文章は拙くても、プロの物書きには書けないものを持っている人がいる。そういうものが読めることこ
- //「アートの価値は、通常では得られない視点から世界を見るという体験を可能にする点だ」//言論を読むのは、自分と違う視点が欲しいから//ただ、本人が一般論と思って書いたことも、実は一般論でなかったりもするよ
- 「一般論はつまらない」は同意。が、他人に「批判を受ける様な記事を書け」とそそのかす結論には同意出来ない。/あなたも一回批判されればそのつらさが分かるよ、きっと。
- 往々にして一般論の方がはてな界隈じゃ批判を受けるが別に読みたくない/批判を受けそうな記事→批判を受けそうな批判記事→(以下無限連鎖)
- といってぼくが自分の性癖について大っぴらに書いたら批判じゃすまない。もし奈良在住だったら逮捕される。金を取らない文章でそこまでやるのもアレだ。
- 批判を受けそうなエントリー→批判される→批判されそうなエントリーを書く意気やよし、という意見が出てなんか収束に…という展開が予定調和な気もする
- 難しい……。一度自分も考えないとダメだな。とりあえず年末までお預け。/独自なものは加速する?/NOVさんからのTBも参照。
- それはそうなんだけど、たとえば、自然科学系のブログはほとんど黙殺されてるよね。マイノリティの話に耳を傾けるふりをする自称リベラリストはいるけど、理解の範疇を超えてたら結局スルー。時々やる気なくす。
- ここでなされている意見こそ「Webに溢れる一般論」に思える人だって居るような気がする・・・
- 批判を受けることに心の準備ができていないなら公開の場であるところに意見なぞ書くべきじゃないし。
- 『それが正しいか正しくないかは重要ではない。特異な視点を得る。』 マジョリティの中にもマイノリティの悲哀を知ることによって真の優しさ・思いやる心を手に入れる人が現れてくると思います。
- 意を決して書いて、反応が普通だったときの悲しさよ。
- あるべき論なんて、今日日、流行らねぇぜと思うが。
- ディベートとしてはありだが、ブログがすべてディベートの場になったら馬鹿馬鹿しすぎてやってられない。
- ある程度の文章力と、読者の共感を誘う意志があることが前提。極端な場合だけど「○○はひどい。早く死ね」だけでは批判を受けるだけで終わる。
- 批判が多いほどのものは共感者も多い・・?「猫好き多し嫌いも多しの法則」
- 表現がきつくても自分の意見と正反対でも、「そういう考えの人もいるよね」と心の中にワンクッション。例の件も軽いノリで捉えられたら、自分と別の意見が存在することを楽しく思える。かもしれない。表現大事
- 「Webとかブログとかの利点は、ありとあらゆるマイノリティの生の声が聴けることだ。文章は拙くても、プロの物書きには書けないものを持っている人がいる。そういうものが読めることこそがブログのいいところ」
- 僕はおかしくてもいいんだ!(何








