きっと弱いということはズルいことでもあるんだと思う。 僕は強くないから、人として弱いから他人に受け入れられてきたんだと思っている。弱いから放っておいても害はないし、弱いから見ていて安心する側面もあるのかも知れない。自己主張も極力しない。相手に合わせる。あなたが好きなようにやってくれることが、僕にとっても嬉しいことですとうそぶいたり。*1 今まで弱い自分を認められてきた。それは長い間ずっとそうだった。一朝一夕どころじゃない。物心がついてからずっとだ。 もし僕が強かったなら人は自分から離れていってしまうんじゃ... > このページを見る
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2010年10月21日19時38分
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- コミュニケーション
- 読むのがずっと怖かったけど読んだ。ふむ。迂闊には何もいえない感じだけど、めがねさんは弱くもズルくもない感じがするけれど、強くなりたいとか正しくなりたいという想いは持ち続けた方がいいものとも思えて…
- 「我を通すことで壊れるものがある。ならば流されてしまえ。」流され方を磨き続ければ、任意の地点に流れ着くことができる。そう思って日々流されてます。
- 弱い人は二郎食えないと思うしあれほどのカロリーも必要としない気がする
- 人を二郎に誘うときのボメさんほど強い人を見たことがない。
- 読み物かと思っていたら、微妙に邪気眼の気が‥/精神的な強いとか弱いって、自分で決めるものじゃないと思うのです。他ブクマに上がってた某文学小説の言葉を借りるなら、「精神的に向上心の無い者は馬鹿だ」
- 彼の気持ちはすごく理解出来る。自分も一時期彼のような身のこなしをしていた。これも一つの人間関係術ではあると思うし否定はしない。だけど、このスタンスは得られるものがかなり少ないんだよな。
- 「本当の自分」とか「アイデンティティ」とかは幻想だから気にしない方がいいよ。日々こぶたアブラ野菜マシマシカラカラニンニンたべて楽しけりゃそれでいいじゃん。言葉遊びは過ぎると精神を病む、ほどほどに。
- 強さ弱さと対人関係になんら相関するものはないよ。おれなんか金もない力もない主張もないうえに友人0だが日々楽しいぞ。安心して我が道をゆけ。/おお、ジロリアンなのか、それなら大丈夫だ(なにが)。
- 「あしたのへぼみの作り方」。TBしようかとか思ったけどとりあえず「あしたの私のつくり方」でも見れ(同調と演技→ほんとの自分→多元的自己) http://tinyurl.com/2y7coe http://tinyurl.com/35n3x9
- たしかになぁ、できないこともたくさんあることをわざとアピールしたりするもん
- それが自分で「選択」した「弱さ」ならばずるくもなんともないと、思う。弱いことのデメリットも背負っているはずだから。「言い訳」としての「弱さ」ならば別だけど
- 弱さやずるさが悪いこととは思わない。それらに良い面もあるし、強さにもネガティブな面があるから。ただ、自分の中にある弱さやずるさに違和感があるなら、それは自分の望む在り方が変わりつつあるのかなと思う。
- そういう自分がずるく感じて嫌ならば、変わる意思さえあれば変えられる。矢面に立つ感覚もそう悪くないもんだ。少なくとも私にとっては。
- 「他人の意見に合わせてなるべく我は通さず平穏に過ごすことを望む」ことが自分。 / もしくは、「自分とは何か」という幻想。
- 「少年期の特徴は残酷さです。 どんなにセンチメンタルにみえる少年にも、植物的な残酷さがそなわっている。やさしさというものは、大人のずるさと一緒にしか成長しないものです。」 by三島由紀夫
- 自分の近くに居て居心地が良いと思うような人は、へぼさんが「この人は弱い人」と思っている人かどうか。へぼさんが「この人は強い人」と思っている人を、排除したいと思っているかどうか。
- 広告に、こんなの出てた。http://tinyurl.com/3426sw
- そうだとして、それなら自分は自己主張をするように変わるのか、変われそうにないなら自己主張をしないことにどんなメリットがあるかを考えるほうが建設的。
- そのズルさを利用してこその「利権」だろうに…。




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