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共感という陥穽 - 忘れ去られるべき日々について

詩について言えば、詩人がほんとうに求めていたのは読者たちの彼の詩境に対する全面的な共感だろうと私は思う。理解されず共感されず、それゆえ模倣することもできぬような詩想を有したことでオリジナリティを確立することなど詩人は望んではいない(と思う。詩人じゃないからわからないけれど)。詩想がひろく共感されるということは、人類の「感受性の財産目録」にそれまでになかった新しい感受性を一つ付け加えるということだと私は考えている。詩人が求めているのは「人類の詩的資産」を増やすことであり、詩人の著作権相続者の預金残高を増やす... > このページを見る

最終更新時間: 2007年12月01日04時52分
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  • 「詩人は…共感とは別のところにある周囲との断絶を描きたいのではないか。共感の海に沈まないために書くのではないか。」注目を集める手段として共感は普遍的な手段たりうるのか、という話。 2007/12/02

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