時事, 政治 仙谷氏「自衛隊は暴力装置」 抗議受け謝罪、首相も陳謝http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010111801000326.html ツイッターでは政治家が政治学/社会学における初歩の初歩も知らないのか、として批判者を問題視する反応が(私のタイムラインでは)多かったように思いますが、今回の事案で重要なのはヴェーバーやレーニンがどうということではなく、現代の日本において市民がいかに訓致化されているかということです。市井の一般の人々がヴェーバーなど読むはずもなく、その... > このページを見る
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2010年11月18日23時42分
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- コメ欄「日本語で「暴力装置」っていうと要するに山口組とおんなじだってこと…自衛隊の最高司令官である首相は山口組のトップとおなじか」 →同じじゃないが、紙一重。/山口組トップより"悪質"な元幕僚長は居るw
- 今回の事案で重要なのはヴェーバーやレーニンがどうということではなく、現代の日本において市民がいかに訓致化されているかということです。 市井の一般の人々がヴェーバーなど読むはずもなく、その多くが暴力なる
- 平和ボケと言ってやればいいんじゃないすか
- 個人的に問題なのは、少なからぬ人間が「大学」で法学なり政治学を専攻し、新聞記者やかつての政権与党の構成員であるにも関わらず「あのような」反応しかできなかったという事実だろう。あまりに不勉強ではないか。
- 『市井の一般の人々がヴェーバーなど読むはずもなく』これは要するに知識集約社会化における日本の失敗を意味し、それが先進工業国にしては相対的に低度の民主化しか為し得ず「馴致化」を招いたように思う。
- 正統性確保が上手くいったがための暴力の不可視
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現実には、ある民主的決定が為される度ごとに、いつも少数の反対者が、かしこに遠望される暴力装置の前に屈している
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「図」と「地」の認識で言えば、強制力の契機が「地」に沈潜して日常的には認識せずに済んでいる状態か。最近では検察が「図」として前景化しているけど。
- 暴力装置という言葉を初めて知ったのは「野望の王国」だったような。
- 「国際協力や災害援助のために働いている」言説「銃口が自分たちに向く可能性への想像も感じられな」「市民は権力に訓致されていると同時に、権力へと訓致され~暴力装置を隠蔽~彼らの振る舞いを規定している人民」
- 外科医のいない(ことになっている)総合病院みたいな話
- "暴力装置を隠蔽しようとしているのは、一部の政治家やマスメディアではなく、彼らの振る舞いを規定している人民です"
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ってことはせめて「対暴力装置」と言えばよかったんだな
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ある程度専門的な場で専門的な用語が飛び出すのは仕方ないから、むしろ報道がこれを噛み砕いて説明する役割を負うべきだと思うのですけどね。もろに一般国民向けのTV会見とかで同じ言葉遣いしたら話にならないけど。
- そういう見方もあるとは。でも、それって権力に飼い慣らされてるってことでもあるわな。
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党派・発言への賛否を問わずこういう意識を持たない奴は「ボンクラ」の箱にポイ
- "暴力装置を隠蔽しようとしているのは、一部の政治家やマスメディアではなく、彼らの振る舞いを規定している人民です。われら主権者の持つ武器の煌めきを言挙げすることは、はばかられなければならない無作法なので
- 「訓致」のこういう使い方は初めて見た。
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死刑制度などにも言えることなんだろうけど。市民がむき出しの暴力を忌みて、隠蔽しようとする傾向。しかし、そこには暴力が確かに存在している。
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@suzuky
なるほど。RT @SEXhsKF7 死刑制度などにも言えることなんだろうけど。市民がむき出しの暴力を//隠蔽しようとする傾向。//
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- 暴力は直接よりも間接に働く方が、できるだけ人々から遠く、誰にも見えないような形で使われる方が、統治のためには望ましい








