科学リテラシー「「エア御用」と同じぐらい「放射脳」もあれじゃないの? - 教えたり、教えられたり」について、もう少し補足的な記事を書きたいと思います。あんな愚痴では伝わるものなど何もないと思うので(笑)。あの愚痴が出た一つの原因には、「エア御用」という言葉の中には、それなりに対応すべき科学者が持つ問題の指摘が含まれているように思うのに、そこは無視されているように思えた、というものがあります。このエントリーでは、なぜ私が「エア御用」という言葉に向き合うべき部分があると感じているのか、その説明を試みてみたいと... > このページを見る
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2011年11月14日01時53分
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医師ゼンメルワイスの悲劇―今日の医療改革への提言
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- 正しい。が一方で科学的態度が取り返しのつかない事態を防いだ例もあるだろう。「結果的に間違っていた学説」のほうが多いが、我々は「結果的に正しかった学説」のほうをよく知っている。
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悪意なしに生ずる構造的問題であるからこそ、個々の科学者に対して「お前はエア御用(学者)だ」(国に阿るような発言ばかりする)と指弾することは害のほうが大きい。それは言説批判じゃなく人格批判でしょ。
- 水俣病については、疫学的に原因が推定できてても原因物質まではっきりしないと水俣湾での漁獲の禁止等の対策ができないことに問題があっただけに見える。つまり、科学的態度の問題じゃなくて疫学軽視の問題じゃね?
- 難しい問題。結果的に最初の論が正しかったからこそ言えることでもある。もし真の原因が他にあったとしたら、初動の方針を間違ったが故に放置されてしまう可能性もある。私は異論を出しにくくなる事の方を危惧する。
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まぁ特定の態度をとれば取り返しの付かない事態は防げる、なんて話があればみんな採用してるよねというか。実はそんなものはないわけで、ねぇ。予防原則は無敗だと思う人がいたらそりは恐い誤解だ。
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産褥熱の話は、それぞれの医学者が一人の悩める人間であると謂う事が科学的事実に向き合えなかった事例だと思う。悪意ではないが、科学が内包している問題と謂う事例ではないと思う。
- 科学は身も蓋もないと菊池さんも言ってるわけで。科学者も含めて社会の道具であって、その道具をどう有効に使うかこそが問われること。政治家やマスコミだけでなく我々自身の責任でもあると思うよ。
- 科学的な態度を取り続ける限り統計学でいう一種・二種の誤りは避けられない。スピードが大事なことについては危険そうなら回避する方が無難だよね。ただそれが行き過ぎると風評被害を招きやすいという罠。
- うーん、なんというか。レギュラトリーサイエンスの分野がいつも直面している問題なのだけど、構造的な問題点は科学者の振舞いというより人間としての振舞いじゃないかなと思う訳で。どうすればというのはないけど。
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科学的定説が確立する前の段階は諸々の科学的仮説を総合的に検討判断するのが大事なんだけど、それは科学の範疇ではない。ドクターショッピングのように都合のいい説だけ拾いたがる利己心が事態悪化の元凶ではないか
- ↓"科学には未だ解明されていない領域がたくさんあるという謙虚な姿勢を科学者に"解明されていない領域がないと思ってるのはむしろ非科学者の方ではないかなぁ。それがなければ科学者のすること無くなるし。
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水俣については、疫学的に湾内の魚介類が原因と見当がついた時点で食中毒事件として行政が対応すれば被害は拡大しなかったと指摘されている。行政の不作為を科学の構造にすり替えるのはいかがなものか?
- 正直『また「水俣」かよ』と思うばかり。引き合いに出された野崎先生にしても、別に『御用学者けしからん』とか言ってはいない。あの本を読んでどうして「エア御用」なるレッテルが肯定できるのか不思議です。
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基礎研究のような思考・行動様式が適当でないところにそれを持ち込むのがまちがいのもと。ただ科学者とて普通に利害を考えて行動するものなので、ほかと比べて特段性善説はとらない。
- 悪意がないにもかかわらず、科学的にも適切な行動・発言を行っているにもかかわらず、事態の悪化に手を貸してしまうことは歴史的に見てありえない話ではないのです。いえ、むしろ、私は、科学者の科学者として振舞い
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「これからも間違える」とか「メリットデメリット考えて」と水俣病の歴史文脈で言える方はそのデメリットを誰が被るかご考慮いただいたのだろうか。
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批判対象の「エア御用」の筆頭格である菊池さんが、低線量被曝についての科学的事実の追求を別途行いつつも、対策はそれとはとりあえず独立にLNTに従おうと主張しており、これは著者の主張と整合していると思うけど。
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注釈2でもうエア御用を使う意味がない気が。解決できるのが政治家ならそっちに突っ込む方が優先度高いんじゃないの?で、結局エア御用というカテゴライズは問題解決の何の役に立つんですか?
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科学には未だ解明されていない領域がたくさんあるという謙虚な姿勢を科学者に望みたい。
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森林太郎(鴎外)はあからさまに戦病死に関する統計データをいじっていた形跡があったりと(http://goo.gl/wHXwF)、「科学的態度」の例としては不適当と思われ。
- 水俣病の件は疫学的根拠でも十分禁漁にするのに十分な理由になったはずだったと思うけどなぁ・・・科学的態度が煮え切らない態度に見えて、政治家を説得できなかったということか?
- 「得られた科学的知見をどのように用いるか」というのは、科学それ自体よりも、政治や行政(のちに司法)の問題だろう。で、“エア御用”という言葉がその問題の解決にどう役立つのかさっぱり理解できないわけだが。
- エア御用というのがピンときません
- 別にニセ科学の話をしてるわけでも何でもないのに「それでも科学は正しい」なんて反応が返ってくるのを見たら、あのクラスタとあのクラスタでは問題意識がまるで共有されてないんだなと思う。
- なんだか話の途中なので、よくわかっていないが、喧嘩両成敗ってことで良いのかな?
- 科学を政治さえ克服するスーパーマンか何かと勘違いしているのでは?
- そりゃ、科学者じゃなくて行政の問題じゃねえかな。特に巧遅より拙速という局面では。
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まぁ特定の態度をとれば取り返しの付かない事態は防げる、なんて話があればみんな採用してるよねというか。実はそんなものはないわけで、ねぇ。予防原則は無敗だと思う人がいたらそりは恐い誤解だ。
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普通の人の価値観が「危険を避ける」のに対し、科学者の価値観が「間違いを避ける」だからじゃないかな。
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むしろ、『「科学的態度」が、かえって取り返しのつかない事態を引き起こす』のではないかと思うのだけど。









