勉学に励んで立身出世って構図は何も戦後に限ったものではない。わたしが学歴不信に陥った中学時代、読んで腑に落ちたのは鷗外の『青年』の一節だった。戦前の方が社会全体の流動性は高かったが、学歴のパイプラインと職業とが深く結びついていたのではないか。師範学校を出れば先生になって当然だったように。そして戦後の豊かさへの希求と学歴への期待って文部科学省の意図的な政策というより、高度成長期に学歴差別と消費社会の魅力を実感させられた団塊世代に共通した気分だったのではないか。利得という「にんじん」をぶらさげて子どもを利益誘... > このページを見る
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2008年12月25日12時46分
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- 非常に良いのでブクマ。魚拓も捕っといた。
- 自分が何者になるかを自分で決めなきゃいけない時代が来たからみんな迷ってるんだろうな.
- 「団塊世代と違い、ロスジェネ世代は学歴主義を親から頭ごなしに押し付けられ、それを信じて頑張った連中が社会から思いっきり裏切られる様を間近にみて、世の中に対して根強い不信感と諦念がある」
- 教育はもっと地方に委ねるべきという主張には同意。でも大分県のような話は他地方にも当てはまることだったりして…/大分の件は地方分権へのネガティブ・キャンペーンってのは穿ちすぎ?
- 人生万事塞翁が馬、こっちにニンジンをぶら下げて近寄ってくる奴は疑っておけ。肩の力を抜いて、まったり生きて、世の中に身を任せればいいじゃない。
- 「今と比べて江戸末期の良かった点を探すとすれば、知識人が江戸ではなく地方に分散し、藩校や私塾の教育理念も千差万別であったから、幕府がどんなに腐って失策を打とうが地域の鬼才の芽を潰さなかったこと」








