(閉じる)

タグ :

おもしろ 4 users このエントリーをはてなブックマークに追加

本能寺の変 - 遼東の豕

この国の歴史の中でもトップクラスの人気を誇る織田信長が、天正10年(15826月2日の未明に京都本能寺に斃れた。享年49歳である。この時期、対外的には魔王のような強さを見せた信長だったが、内にいる敵には脆弱だった。まさか、近衛師団を率いる明智光秀が造反するとは夢にも思わなかったに違いない。だから、本能寺の警護は甘く、そこを光秀に突かれた格好だ。  私は中世日本に彗星のごとく現れた危険な英雄を惜しむ。もしこのまま信長が成長していったときに、どこまで日本の版図を広げただろう。『信長公記』など信長に関する文献... > このページを見る

最終更新時間: 2011年06月09日17時00分
▼ブログで紹介する

みんなのブックマーク 人気(0) 新着

  • 誰が書いてたのか忘れたけど、「海洋帝国作ったとしてそこで何売るの?」って問題があると思うんだ。アチェーみたいな関税型国家にはならないだろうし。 2011/06/09
  • "魔王信長が海洋帝国を東アジアに樹立できないと思いますか"うん./なぜアレクサンドロスにも大元にもボナパルトにも出来なかったことが国内統一も出来なかった田舎大名にできたと思う人が後をたたないか問題. 2011/06/09

はてなブックマークはオンラインでブックマークを管理・共有できる無料サービス。自宅、職場、外出先、どこからでも同じブックマークにアクセスできます。ユーザーはみんなでブックマークを共有して効率良く情報収集しています。あなたもはてなブックマークを始めてみませんか?