1. 自分を論理的だと信じている人達(苦手な女性の共通点)、、(ちゃんみつさん) 以前も書いたのだけれど、感情論はたいてい、論理がしっかりしている。 私は白い壁が好き+あなたは壁にポスターを貼るのが好き+あなたにとってポスターを貼ることより私の気持ちの方が大切なはず→我慢してくれるわね? といった感じ。(大筋で)論理の破綻はない。無論、前提がひっくり返れば結論は変わりますけれども、話者の想定している条件が満たされている限りは、おかしなところはありません。 id:chanm さんがもうひとつ問題視しているの... > このページを見る
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2009年09月25日15時39分
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議論のレッスン (生活人新書)
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- 出版社/メーカー:日本放送出版協会(新書)
- 発売日:2002/04
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- 日常生活における論理性・合理性について。趣深い。
- コミュニケーション
- あえてブックマーク
- 確かに相手を非論理的と決め付ける人は、自分の論理性を疑う能力がないだけのことが多い。自分にあてはめるとよくわかる・・・
- 『論理に誤りがあるからではなくて、前提条件への同意が得られないから』この例の場合だと「私の気持ち」が前提無しに「相手の気持ち」よりも優先されるべき、とされている点
- このあたりは私はどれもこれもまとめて「主観的」としてるけど、明文化してみるかな。
- 「感情論」「屁理屈」は大抵「論理的」であり、前提条件への同意が得られない場合にそれらのレッテルを貼られるに過ぎない、という話。自分が攻守どちらの立場にも立った時を想定して掘り下げて考えてみたい。
- 「女性の話し方」「感情論」「屁理屈」への批判への批判。まったく同感。
- すごく同意できる。議論はお互いの前提条件の確認は必須。
- 『それを「常識」とみなす「私」の世界観との対立があるだけのこと』
- その隠れ条件を明示しないで「頬かむりをして議論する」僕らの習性は厄介だけど仕方ない。では、頬かむりを発見するには?発見したらどうするか?は状況によるか。
- いいドキュメント。感情論は絶対的に正しいと思うけども、そこにある感情が自分はすごく邪魔だな。
- 流石
- 「感情論」「屁理屈」は、(多くの場合)前提条件に同意できなかった人が、気に入らない主張に貼るレッテル ――やはり、そもそも事実認識に相異が有ることの方が多いと。あと、どの公理を採用するかの価値判断。
- 始まった議論は終わらない。メタになれ、という話。
- だから論拠をアタック。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4140880252/249-4970039-1255526
- 「以前も書いたのだけれど、感情論はたいてい、論理がしっかりしている。」
- 「感情論はたいてい、論理がしっかりしている」どう聞いても感情論なのに”論理”的に言い返せないときが自分にもあります。言っている本人が気が付かない「詭弁」というのもあるんだよな…。
- 徳保さんによるまとめは素晴らしい。
- "感情論はたいてい、論理がしっかりしている"










