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「想像の対象」と「表象の対象」再訪 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ
以前このブログで『フィクションとは何かMimesis as Make-Believe』の訳注を批判する記事を書いたところ... 以前このブログで『フィクションとは何かMimesis as Make-Believe』の訳注を批判する記事を書いたところ、なんと訳者本人から、反論の論文をいただいた。 以前のエントリ: ウォルトンにおける想像の対象 反論論文: 田村均, 事物と私たちの想像論的なかかわりについて : ケンダル・ウォルトンの「想像活動のオブジェクト」の概念をめぐって 私がのろのろしていたところ、フットワークの軽い松永伸司、シノハラユウキの二人がすでにリアクションの記事を書いてしまった。 松永伸司: ウォルトンの「想像の対象」と「表象の対象」 シノハラユウキ: ウォルトンにおける想像のobjectについて 田村・松永ともに私の解釈とは食いちがう部分があるので、以下松永解釈も適宜参照しつつ、田村論文の反論に答えていきたい(シノハラは、両者の意見にそれぞれ部分的に賛成ということだと理解している)。 訳者の田村氏には
2017/04/13 リンク