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江戸時代の「財政ファイナンス」で何が起きたか - シェイブテイル日記2
政府・日銀はこの2,3年内でのデフレ脱却を目指し、三本の矢、アベノミクスと称していくつもの政策を... 政府・日銀はこの2,3年内でのデフレ脱却を目指し、三本の矢、アベノミクスと称していくつもの政策を打ち出しています。現在のところ、5月の消費者物価指数(CPI、2010年=100)は生鮮食品を除くベースで100.0となり、前年同月に比べ横ばいまで上がってきましたが、目標とする2%まではまだまだの状況です。*1 80年前の昭和恐慌での激しいデフレ局面では、金本位制離脱と高橋財政により短期間で脱却したことについては何回か取り上げました。 今回は江戸時代前半の二度に亘るデフレ脱却について考えてみます。 【1】徳川綱吉時代 元禄年間初期、5代将軍徳川綱吉の時代は、各地からの金産出量低下によりややデフレ経済気味でした。*2 これに加えて綱吉の浪費もあり、徳川幕府始まって以来の財政難となりました。 綱吉は左右の者に、状況打開の手段はないかと諮問されました。 一同より勘定吟味役荻原重秀が進み出て、「御社参
2013/09/26 リンク