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おみそ汁
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化粧しない自由 ノーメイクはマナー違反、これ女性は言われたある人もいるかもしれない。 だから、失礼にならないように、疲れてるけど化粧しよう・・・とか、めんどくさいけど化粧して、疲れて家に返ってきて化粧を落とす。 でもさ、化粧しないのがマナー違反ってことは、女性の素顔をさらすのがマナー違反ってことだよね。 この考え自体が、すごーく女性に失礼な発言だよ。 まあ価値観は人それぞれだから、いろんな考えがあっていいとは思うんだ。 だから、「化粧しないとマナー違反」という考え自体を否定はしないし、そういう価値観があってもいいと思う。 でも、別に女性がその価値観に合わせる必要はないってことを、私は言いたい。 だって、女性が自分の素顔さらしてたらダメって、なんかその人事態を否定してる感じがあって、ものすごい人権侵害な感じがするから。 だいたい、男は化粧をしないで素顔でいてもマナー違反にはならなくて、女性は
料理 めんどくさい 最近自炊が面倒になってきました。 なぜなら準備と片付けと買い物に時間がかかるからです。 私は時短料理を作るのですが、それでも毎日作ってると面倒になってきます。 一番めんどいなと思うのが、野菜や魚や肉を切ることです。 特に魚と野菜を切るのはとても面倒です。 そんなこと言ったら魚や野菜はキレるでしょうが、事実です。 彼らに感謝はしていますが、やはり地味に時間をとられるのでウンザリしてくる。 野菜の中でもニンジンや大根は皮をピーラーで削ぐ必要があるので特に時間がかかる。 魚は、切るというかサバクのも大変なんだけど、それに加えて後始末がキツイ。 なぜなら魚は臭いからです。 今はシェアハウスに住んでるから、ゴミ箱に適当に捨てればいいんだけど、一人暮らしとかだとゴミ捨てを自分でしないといけないから、魚のゴミが出るのは躊躇してしまう。 まあサーモンみたいにゴミが出ない魚を買えば解決で
ニッチより大きい市場を狙うメリット 最近思うのは、小さい市場でビジネスをすると、売り上げや利益額が少ないということです。ニッチ市場よりマス市場を狙うべきだと。 何百億、何千億という利益をたたき出すには、市場規模が大きいほうが有利だと思います。 例えば、ウォルマートとかトヨタとかフェイスブックなどは毎年何千億と利益を出す会社ですが、彼らは大きい市場でビジネスをしています。 だから、大きい利益を狙うなら、ニッチのような小さい市場を狙うのは不利だし、今後伸びない市場を選ぶのもあまり有利とは言えないかもしれません。 ちなみにソフトバンクの孫正義さんも、ニッチを選んではいけないと言っています。 これから伸びる市場、時代の潮流になるメインストリームの市場、大きい市場を選んでビジネスをしたほうがよい、と彼は言います。 私も最近これを強く意識していて、大きい市場、時代の潮流になるであろう市場は何か考えてい
美人の相対性理論 ある人が、美人なのか、そうでないのか、という判断は、世界中の人間それぞれが異なる。 だから、自分はかわいくないと絶望するのは早とちりである。 ある人にとってはかわいくなくでも、ある人からすれば超美人、ということがありうるのだ。 「おいおい、綺麗事を言ってんじゃないよ!」と思うかもしれないが、そうなのだ。 例えば、自分の国ではモテなくても、外国に行った瞬間、突然めちゃくちゃモテ始める人は後を絶たない。 本人も驚いてしまうことが多い。 このように、美人かどうかの判断は、それを見る他人によって変化する。 なぜなら、美人の基準は人それぞれだからだ。 なぜ、美人の基準は人それぞれなのか? その理由は、人によって好みや欲望が違うからだ。 つまり、趣味の違いである。 ある人から見れば普通でも、ある人から見れば美人。 その逆もある。 ある人から見れば美人でも、違う人から見ると美人じゃない
結婚後に容姿が劣化する原因は〇〇 もし、人は結婚すると容姿が衰えやすいならば、その原因は何か? 「結婚したら妻が劣化して絶望している」とか「結婚後に夫が太った」などという声がよくある。 私が考える1つの仮説は、油断して競争しなくなるから衰えやすい、という考えだ。 結婚すると、基本的に相手は自分のものである。 結婚してしまえば、浮気などによって他の異性に奪われる可能性は極めて低くなる。 つまり、結婚すると相手を性のパートナーとして完全に手に入れたことになる、という安心が生まれやすい。 なぜなら、競争しなくても大丈夫だからだ。 そして、競争しなくても他の人に自分の妻や夫をとられない、というこの安心が、油断を生むのかもしれない。 油断するとは、つまり、パートナーを魅了する努力をしなくなるということだ。 自分の魅力を高めて相手にアピールする努力をしなくなりやすい、かもしれない。 その結果、結婚後に
ブルーオーシャン戦略は2つある ブルーオーシャン戦略とは、主に2つあります。 1つめは、お客さんの欲望を満たす物を、他の商品とは違う形に具現化することです。 2つめは、今まで満たせなかった欲望を満たすことができる商品を提供することです。 1.欲望を新しい具体物に具現化する 1つめのブルーオーシャン戦略について詳しく説明しましょう。 1つめのブルーオーシャン戦略は、新しい商品が満たすお客さんの欲求は、今までの商品が満たす欲望と同じですが、新しい具体的な物を生み出すことです。 例えば、ソニーのウォークマンは、他の音楽機器と同じく、音楽を聴きたいという人の欲求を満たす商品です。 しかし、音楽を聴きたいという欲求を、今までとは違う形で具現化したのが、ソニーのウォークマンです。 音を耳に直接送り込み、持ち運びできるコンパクトな音楽機器を具現化したのです。 音楽を聴きたいという欲望を、違った形で具現化
Wantedlyの対応と仲暁子さんは何も悪くない ウォンテッドリーという会社の、社長の仲暁子さんが株の7割を持っていることが話題になっていて、他の社員に株を配らないで自分だけ7割も株を独占しているのってどうなの、と言う声があります。 でも、そんなの個人の自由だし、仲暁子さんは何も悪くないです。 会社はオーナーの物ですから、他人が口出しすることではありません。 別に自分の会社の株を社員に分け与える義務なんてないし、オーナーが株を独占するのは当たり前のことです。 ボランティアじゃないんだから。 なんでわざわざ自分の株を社員に分け与えないといけないんですか。 そりゃできるだけ自分が多く持ってるほうが上場したとき儲かるし、そうするのが当然です。 やりがい搾取だという意見もあるが、別にやりがい搾取は悪いことではない。 やりがいのある仕事をできることは素晴らしいことだし、ありがたいことです。 そもそも
世代間格差は、家制度の崩壊と、若者の自由を意味する 核家族は老人の経済援助を難しくする 老人と若者の階級闘争は、核家族が増えたことが最大の原因だと私は考えます。 三世帯同居や二世帯同居のように、祖父母や親や子が一緒に住むならば、高齢者がお金を貯めこんでも、若者にお金が回らないということにはなりません。 なぜなら、高齢者と若者は同じ家族であり、お金がない若者は、家族である親や祖父母からお金を出してもらえるからです。 しかし、現代は、3世帯同居や二世帯同居の家族が減っており、昔からの「家制度」が崩壊しつつあります。 いわゆる、核家族世帯が増加しています。 つまり、高齢者がお金を貯めこんでしまい、若者にお金が回らないという、老人と若者の経済格差は、家族制度の崩壊を意味するのです。 祖父母や親と子ども夫婦が一緒に住むというライフスタイルが変化し、若者たちが独立して暮らすようになったから、世代間の家
あるトレーダーの人が、以前、このように言ってました。 「金融市場の本質の1つとして私が気づいていることは、トレードとは相対性そのものではないか、ということなんです」 彼は、金融市場の参加者を、2つのグループに分けて考えていました。 賢明なる投資家と、一般投資家です。 「市場を4つに分けることもできますが、無意味に細分化すると本質からずれる気がします」 と彼は言いました。 「金融市場には、富を集積する圧倒的少数の賢明なる投資家と、その投資家に富を譲り渡している一般投資家がいると、私は考えています」 たまに勝つというような人は、全て一般投資家のグループに分類し、長い時間がたっても必然的に勝ち続ける投資家を、賢明なる投資家に分類して考えているという。 「そのうえで、賢明なる投資家と、一般投資家の心理を逆推するのです」 私「逆推ですか?」 「はい、例えば、賢明なる投資家は、今この時点でその取り引き
なぜ私は自分を愛するのだろう?とふと思った。 例えば、名誉欲があるのは私自身を愛するからだ。 私にとって名誉とは、他の人から賞賛されたり尊敬されたり、褒められたりすることだ。 要は、私は人に好かれたいのである。 人から好かれることに、快楽を感じて、気持ちいいと感じるのである。 また、名誉が欲しいということは、自分の名前が大勢に知られるとか、ある程度の人たちに肯定的に知られることを望む、ということだ。 私の名前が、人々に好意的に知れ渡っていることを、私は欲するのだ。 なぜ、私は人から尊敬されたいとか、評価されたいとか、自分の名前を評価されたいと思うのか? (特に、自分の名前なんて、自分ではなくただの記号なのに、そんなものが評価されることをなぜ望むのか) それは、私が自分自身を愛しているからだ。 私は「私」を大切にしていて、私というものをよりよくしたいと思う。 お腹が減ったら食べ物を食べて快楽
こんにちは、田中です。 町田駅北口近くのピーターラビットカフェで昼ごはんを食べました。 店に入るといきなりウサギたちがたくさんいました。 席につくと、テーブルが水色でかわいい。 右のほうにはピーターラビットの本みたいなのが置いてありました。 そして大学生っぽい女性の店員が、水色のエプロンみたいな服でメニューを説明してくれました。 店全体でピーターラビットの世界感。 私はハンバーグドリアとピーターラビットのねむねむサラダのセットを注文。 するとすぐにピーターラビットの「ねむねむサラダ」というものがきました。 ・・・!? すごい。今まで見たサラダとは違う、ユニークな形状をしてる。 店員さんがピーターラビットのねむねむサラダの説明をしてくれました。 「ねむくならないようにお気を付けください」と店員さんがサラダのふたをあけると・・・ かなりの量の煙が出ている。 モクモクしている。 これはドライアイ
こんにちは、田中です。 あなたは、老後の不安や、年をとって体が動かなくなり介護される恐怖を持っているでしょうか。 もしあなたが、みじめで苦しい最後を生きたくない、と思うなら、その解決法が1つあります。 それは、安楽死です。 安楽死できるなら、みじめで苦しい最後を我慢して生きる必要はなく、安らかに快く死ぬことができます。 いつまで生きるかという不安も「解消」できます。 (画像引用:武尊論/原哲夫『北斗の拳』) 終わりなき長生きによって、お金が尽きてのたれ死ぬ恐怖を解消 安楽死のメリットをほんの一部紹介すると、次のようなメリットがあります。 ・苦しい最後を我慢して生きなくていい ・安らかに死ねる。 ・介護で人に迷惑をかけたくない、という悩みを解決できる ・自分でトイレに行けなくなって、介護士にトイレを処理されて屈辱と恥ずかしい思いをする、ということを回避できる。 ・長生きしてお金が無くなり貧乏
こんにちは、田中です。 お金の進化が人を豊かにした、という話です。 歴史学者のニーアル・ファーガソンの『マネーの進化史』によれば、お金の進化は、人類の進化のために必要不可欠でした。 金融システムが進歩したから、多くの人たちが豊かな物質文明を楽しめるようになった。 相手を信用してお金を貸し借りする仕組みの改善も、豊かな文明のために必要なものでした。 銀行や債券市場が生まれたことによって、イタリアのルネサンスの土台になった。 20世紀にアメリカが強くなってきた理由の1つは、保険や抵当権、住宅ローン金融や消費者の信用取引(例えばカード決済)が普及していたことだと、ファーガソンは言います。 彼によれば、世界史に残るような大変動が起こったときには、その底流には必ず金融の秘密が隠されているそうです。 例えば、ルネサンス期のイタリアで美術や建築の市場でブームが沸き起こったとき、メディチ家などの大手の金融
「保育士不足だから、保育士の賃金を上げろ!」という声を聞きます。 しかし、それよりも保育士さんの仕事や作業を減らしたほうが、保育士不足を解決しやすいと、私は考えます。 なぜなら、無理してお金をたくさん出そうとするよりも、保育士さんの仕事量を減らすほうが、実現することが簡単だから。 保育士さんが足りない原因は、仕事の内容に比べて、給料が少ないことだからですよね? だから、保育士さんの仕事量を減らせばいいわけです。 「例えばどんな業務を減らすって言うんだよ!」 それは、例えば無駄な書類作業や、工作準備、お遊戯会の準備などです。 1.保育計画書などの、書類仕事を減らす 書類仕事がめちゃ多いのです、保育士さんは。 例えばこの記事によれば、多くの保育園では、日ごとの行動や、行動の目的を書いたり、実績や反省を書くそうです。 mahalo.okinawa 例えば、「遊具で遊ぶ」という行動をしたら、その行
こんにちは、田中です。 相手に私を好きになってほしい、という欲求がある。 だが、そもそも、人が相手を好きになるとは、何を好きになることなのか? 「あなたのことが好き」とか、「あなたを愛してる」と言われるとき、誰を指してるんだろう。 「あなた」とは、何を指しているのか。 身体のことだろうか、人格のことだろうか。 「1人の人間に対してだ、決まってるだろ!」 たしかにそうだ。1人の人間を好きになるとは、どういうことだろう。 誰かのことを好きと言うとき、その人の性質や機能を好きだと考えて、好きだと言いますよね。 人の性質や特徴を完全無視して、「とにかくこの人だから」という理由で、誰かを好きになることはない。 例えば、私が女性に対して「私はあなたを愛してます」と言う場合、私は彼女の見た目や雰囲気という性質を愛しているだろう。 彼女のかわいい顔とか、見た目に対して、好きという感情を持っているかもしれな
建物では、次の2つのことが大切であるようです。 ・基礎構造の設計や施行を疎かにすると、非常に大きな損害を与える可能性がある。 ・建物のひび割れ被害などの多くは建物の基礎に問題がある。 なぜ建物に亀裂が入るか 建物にこんなひび割れが入っているのを、あなたは見たことがあるでしょうか。 実は、建物に亀裂が入る原因は、不同沈下であるそうです。 不同沈下とは、建物が一部だけ不ぞろいに下に沈むことです。 言い換えると、家全体が均等に下に沈むのではなく、一方向に斜めに傾くような状態です。こんな感じ↓ 不同沈下が起こるとどうなるか 不同沈下が生じると、ひび割れ(クラック)、ドアや窓の開閉ができない、家屋の傾き、の3つが起こる可能性があります。 例えば、建物の基礎にヒビが入ったり、窓が開けにくかったり、ドアが閉まりにくかったり。サッシのカギがかからないとか、雨が吹き込むとか、排水が流れない、ということが起こ
敵と味方は一体のものである、とプルタルコスは言っています。 なぜなら、敵は、自分について真実や鋭い指摘を言ってくれて、有益だからです。 嫉妬や敵愾心とか、競争心などの、敵意の感情を持たない国制は、今まで存在していませんでした。 そんななか、友情は、敵意と一体のものだという話が、プルタルコスの『モラリア』にあります。 賢者のギロンという人は、「自分には敵がいない」と言った人に対して、「では友人1人もいないのか」と言ったそうです。 これは、プルタルコスが言いたいことと同じです。 つまり、敵がいることと友人がいることは一体だというわけです。 彼は古代の人々と後の時代の人々を比較しています。 古代の人々は、獰猛な野生の動物から危害を受けないことで満足してました。 しかし、後の時代の人は、野生動物を使うことを学ぶようになりました。 例えば、肉を食べ物として利用したり、動物の毛を着物にしたりしました。
論理とは何か、論理の基本について書きます。 前提から結論を導くのが論理 何かを考えるとき、人は論理とか理由を使います。 そのとき、人は前提をたてて、結論を導こうとします。 例えば、「彼は数学のテストが100点だった。今回の数学のテストは難しかった。 だから彼は数学の勉強をたくさんしたに違いない」という場合、 「彼は数学のテストが100点だった」という前提があります。 そして、「今回の数学のテストは難しかった」という前提があります。 だから、「彼は数学の勉強をたくさんしたに違いない」という結論があります。 このように、「~だから」の前にくる主張を、論理学者は前提と言います。 そして、「だから~」の後にくる主張のことを、論理学者は結論と呼びます。 そして、前提から結論を導こうとする活動を、論理学者は推論と呼びます。 で、前提から結論が導かれるとき、その推論のことを論理学者は妥当と呼びます。 論
こんにちは、田中です。 今日は、17世紀に起こった近代科学革命に始まる自然科学と、それ以前の自然研究の違いと共通点についてです。 近代の自然科学とそれ以前の自然研究の共通点 17世紀以降の近代の自然科学が、それ以前の古代ギリシャとかでの自然研究で共通している点は、「自然現象を説明する」という目的です。 自然現象をよく観察することによって、「このように自然を解釈すれば、自然を説明できる」ことを目指している、という点は、近代の自然科学とそれ以前の自然研究で共通していることです。 自然科学の源流は、紀元前6世紀に、イオニア地方のミレトスで始まった自然哲学です。 例えば、ミレトスという場所にいたタレスという人は、万物の根源は水だ、と考えて、神と自然現象を分離しました。 自然現象を説明しようとしたのです。 自然現象をよく観察することによって自然を解釈し、自然を説明する。 この目的は共通しています。
ものの見え方が変わる、とはどういうことでしょうか。 例えば、下の絵のように、杯があるように見えたり、2人の人が話しているように見える、というような場合です。 杯の絵にも見えるし、2人の人が向かい合って話しているようにも見えますよね。 同じ対象を見ているはずなのに、見え方が変わる。 見え方が変わることを、アスペクトが変化する、とも言うのですが、 この、「見え方が変わる」とは、どういうことなのでしょうか。 見え方が変わる、ことの本質とは何なのか。 その本質は、少なくとも3つあると私は考えています。 1つめは、比較です。 2つめは、何にフォーカスするか、です。 3つめは、どのようにフォーカスするか、です。 順番に説明していきます。 1.比較 まず、見え方が変わるためには、他のものと比較することが必要だと思います。 言い換えると、比較する対象があるということです。 例えば、上に紹介した杯の絵の場合
こんにちは、田中です。 意識って、科学で研究できるんでしょうか。 疑問に思ったので、考えてみます。 考えられる1つの前提 科学って客観的に考えますよね。 でも意識って、主観的なものですよね。 例えば、私が悲しい気分を持つとき、その悲しみの感情は私の心の中で生じるものなので、主観的なものです。 もしそうなら、自分の意識を知ることができるだけ、他人の意識を考えることはできない。 意識が客観的なものではないとすると、科学で意識を研究することなんてできないのではないか、という気がしてきます。 つまり、科学で意識を研究するときには、次のようなことになるかもしれません。 1.科学は客観的でないといけない。 2.意識は主観的なものである 3.したがって、意識を科学的に研究することは不可能である。 よりわかりやすく言うと、次のようになります。 1.科学的な研究が可能なのは、客観的に観察可能な現象だけである
何が善いか悪いかという判断は、何を基準に価値判断をするかによって、ある程度相対的なものです。 例えば、お金を重視する人と、家族を重視する人とでは、同じ物事に対して、それが善い行為か悪い行為か判断が変わるかもしれません。 では、もし善悪が相対的なものならば、何が善くて何が悪いものなのかについて、人と対話することは、無駄なことなのか。 私は、何が善いもので何が悪いものだと考えるか、ということを人と話しあうことは、とても重要なことだと考えています。 自分は何を善いものだと考えていて、他の人は何を善いものだと考えているか、対話してコミュニケーションすることが、大事だと私は思います。 なぜなら、人と価値観がどのように違っていて、どの程度同じ価値観を持っているかを理解することによって、大きなトラブルや問題を減らすことができるからです。 他人に価値感をできるだけ押し付けないようにすることができます。 言
こんにちは、田中です。 社会学の本を読んでいると、誰かと仲良くするには、共通の敵を作るといいことがわかってきます。 なぜなら、人は「わたしたち」と「よそ者」という区別をするからです。 社会学では、これを「内集団」と「外集団」と呼びます。 「わたしたち」と「よそ者」は一体 内集団とは、人々が一体感とか愛着を持つ集団のことです。 例えば、家族とか友達、グループは内集団です。 内集団の中では、互いに仲間や味方として認識されます。 要は、身内のような集まりであり、「わたしたち」という意識があります。 例えば、「家族だろう」とか「友達でしょ」、「身内なんだから」といった言い方をしますよね。 そして、身内とか仲間という概念は、よそ者とか他者という概念と一体です。 よそ者とか部外者、自分たちとは異質なもの、という概念と比べることによって、 内とか身内という概念は成立します。 このように、ある集団から身内
最近2か月の間、髪を切っていなかったので、そろそろ切りたいなと思っていました。で、2日前に歩いていると、カット専門店があることに気づいて、1200円だったので安いな、と思い、今日行ってみました。 中に入ると店の人が1人いて、個人経営の店でした。 店は今年に開店したようで、店の人は気さくな感じの楽しい人です。 で、店の中で待っていると、雑誌とか本が置いてある棚がありました。 髪を切ってる最中に読める、雑誌とか本です、ありますよね。 すると棚に、『名探偵コナン』の漫画があることに気づきました。 しかもよく見ると、8巻だけ置いてあります。 1巻や2巻は無くて、名探偵コナンの漫画が8巻だけ置いてありました。 名探偵コナンは、17歳の高校生の男子が、遊園地で怪しい組織の男に襲われ、ある薬を飲まされたことによって体が縮んで子供になってしまうマンガです。 そのあと、なぜか女友達の女子校生の家で居候する、
こんにちは、田中です。最近寒くなってきて辛いです。 ところで、健康の本質とは何でしょうか。バランスでしょうか、栄養でしょうか。 私は、その1つは入力と出力だと考えています。 さらに言うと、入力と出力の「流れ」というものが、重要だと思います。 細胞にとっての健康 細胞ってありますよね。細胞は、栄養を取りこんで、排泄物を外に排泄する、という2つの作業をしますよね。すごくシンプルに考えるとですよ。 つまり、細胞は入力と出力を行っているのです。 栄養を取りこんで(入力)、老廃物を外に出す(出力)。 もし、栄養を取り入れることができなかったら、栄養失調になりますよね。 逆にもし、老廃物を外に出せなかったら、毒素が溜まって苦しみますよね。 細胞は栄養を入れて老廃物を外に出すことができるから、元気でいられるのです。 人間の食事と排泄 人間の場合も同様に考えることができます。 食事で肉とか卵とか野菜とか食
植物の世界では、親離れと子離れのよさがすごいらしいです。 なぜなら、植物の親は、子供が別の場所で生きることを望むからです。 植物が親離れ・子離れをする理由 植物生理学を専門とする、甲南大学の田中修教授によれば、 植物にとっては、生活する場所や生える場所を移動する方が望ましく、 同じ場所に子供が暮らすことはよくないこと、だそうです。 つまり、植物にとっては、親がすでに現在生きている場所・土地と同じところに、 自分の子供たちが引き続き生きることは、よくないことなのです。 どういうことか詳しく説明します。 植物は、動物たちに種をいろんなところにまき散らしてもらいますよね。 例えば、ミツバチが花粉を遠くに運びます。タンポポは遠くに種子を飛ばします。 もし、動物に種を遠くにまき散らしてもらえないと、植物はどうなるか? 何世代も、同じ植物の子孫が同じ場所で生きる必要がありますよね。 しかし、植物が何世
あなたは、日本の幽霊に足が無い理由を知っていますか? 今日は、日本の幽霊に足がない理由についてお話します。 1言で言うと、それは現在に足がついていないからです。 どういうことか、以下で詳しく説明します。 日本の幽霊の3つの特徴 まず、日本の幽霊の特徴は以下の3つです。 1:おどろ髪を後ろに長く伸ばしてひいていること。 2:両手を前にチョコンと突き出していること。 3:足が無いこと。 この3つの特徴の意味を、順番に説明します。 1:髪を後ろに長く引きずっている理由 日本の幽霊の髪が後ろに長く伸びている理由は、過去を引きずっているからです。 つまり、過去に執着して、過去にとらわれている状態を意味しています。 例えば、「恋人にあんなことを言わなければよかった」とか 「結婚しなければよかった」と言うように、 過去に済んでしまってどうにもならないことを、過剰に後悔する状態です。 つまり、もう終わって
盆栽の魅力・楽しさ 盆栽は、あるものを表現するという点が、盆栽の最大の見どころです。 それは、時間です。 盆栽の木に時間をとじこめ、目で見えるようにして、時間を表現すること、 それが盆栽の最大の見どころです。 例えば、見た目が100歳くらいの盆栽があったとしましょう。 その盆栽は100年くらいの歳月がたっているような、かなり古そうな松の木です。 しかし、実際はその盆栽の松は、5年しかたっていません。 実際は5年でも、あたかも100年の歳月がたっているかのように、見せるのです。 そのことによって、その盆栽は100年という時間を表現しているのです。 つまり、盆栽は時間を表現する芸術なのです。 1000年という時間が見える あるいは、見た目は1000年くらいの時間がたったような盆栽があります。 見た目は1000歳くらいの松です。 しかし、実際は10年しか時間がたっていない盆栽です。 この盆栽は、
田中です。 あなたは、トイレの尿はねで困ったことはないですか? 夫がトイレの便器に座らずに立ったままするから尿はねして汚れて、夫婦げんかになる 夫婦が続出しているそうです。中には離婚したくなる妻まで。 「でも、座ってはしたくない、立ってやりたい」そんな人もいるでしょう。 今日は、トイレで尿はねが起こる原因と、尿はねを防ぐ方法について話します。 さっき放送してた、ためしてガッテンのトイレ特集を参考にしています。 尿はねを防ぐ方法1 1つめの尿はねを防ぐ方法は、小便をかける便器の場所を変えることです。 ためしてガッテンによれば、実験の結果、最も尿はねが少なかったのは、 便器をまたいで真上から発射する場合です。 色のついた水を注射器で便器に発射して、ためしてガッテンのスタッフが、 はねかえった水滴を1滴ずつ数えてくれました。 その結果、小便をかける便器のそれぞれの場所ごとの、 はねかえる尿の水滴
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