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北朝鮮に渡った「在日」はどのように生き、死んだのか(3) 90年代、帰国者にも餓死者が続出していた(石丸次郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース
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北朝鮮に渡った「在日」はどのように生き、死んだのか(3) 90年代、帰国者にも餓死者が続出していた(石丸次郎) - エキスパート - Yahoo!ニュース
1959年に始まった在日朝鮮人の帰国事業で、9万3340人が北朝鮮に渡った。彼・彼女たちの「生き様」と「死... 1959年に始まった在日朝鮮人の帰国事業で、9万3340人が北朝鮮に渡った。彼・彼女たちの「生き様」と「死に様」は、ほとんど知られていない。筆者は20年前から中国や日本に脱北した帰国者の聞き取りを始めた。彼・彼女たちの証言の連載の3回目は、90年代飢饉の中で死んでいった帰国者たちについて。 ■誰も知らなかった帰国者の「身世打令」1999年夏、前述した「在日」のボクシング関係者の親族と延吉市で会った。岡山出身の李昌成(リ・チャンソン)さんと福岡出身の金綾子(キム・ルンジャ)さん夫婦、それに娘のスギョンさん(当時19歳)、スミさん(当時16歳)の4人で、同情を寄せる中国朝鮮族に匿われて1年が経っていた。 その朝鮮族は、食べて寝るだけの4人の面倒を見るのにほとほと疲れていた。私は、朝中国境取材のために延吉市内に借りていたアパートに彼らを迎えることにした。日本に戻っている間はどうせ空き家になるし、