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おみそ汁
apapoyo.hatenablog.jp
桜も終わり、そろそろ新緑が山に現れ始めた季節。日によって日中はTシャツ1枚でも大丈夫なほど暖かい。 そういえば1週間ほど前には各学校で新学年が始まったからだろう、初々しい学生さんたちを街で見かけた。 中年の隠居人(私)は、いつものジムに通い風呂に入ってストレッチをして、いくつかのメニューをこなして家に戻る毎日。 変わったのは、気候の良い日は風呂に入らずストレッチをして筋トレ、20分ほど走って、最後に風呂という流れが戻ってきたこと。 寒いと先に風呂に入らないと体を動かす気が起きませんが、暖かくなってくると即ストレッチからの筋トレの流れが可能なのでスムーズです。 今年度は、今までの専門分野とは異なる領域の国家資格取得を目標に学習と受験をしようと思います。受けるからには今年度の合格を目指して。
パッシブ投資でよい 投資はゲー厶ではなく、将来への貯蓄であり資産管理 ーーーーーーーーー 例え、金融に関してプロのトレーダーと同等の広く深い知識がある場合でも、アクティブ投資が最大の儲けをもたらす可能性はあまり高くない。能動的に管理される投資ファンドが市場を超える成長を遂げることはあまりない。毎日のように株式を取引しているプロのブローカーが管理する投資ファンドでさえ、そのありさま。 S&P500や日経225などのように株式インデックスの動向を受動的に追従するインデックスファンド(パッシブ投信)のほうが、ポジティブなリターンを得る可能性が高い。さらに、売り買いを繰り返すアクティブファンドより、インデックスファンドのほうが料金(各種手数料)も安い。 【投資はゲームではなく、貯蓄のための行動】であることを忘れないこと。将来の貯蓄のために市場に資金を投じるときは、必要になる頃にしっかりと成長してい
本日は、なかなかに良い天気で素晴しい。 これで花粉がなければ、日本の春には桜もあり、最高の季節。 今も旅人たちは、どこで、何を思って旅を続けているのだろう? 異国を旅する人、自国を旅する人。 数年、数十年の旅をしている人。 数日、数週間の旅をしている人。 10代、20代の自分探しをしているような若い旅人。 30代、40代の働き盛りのハズの旅人。 50代、60代の人生の後半を味わいはじめた旅人。 70代、80代の達観に向かっているような旅人。 色んな旅人が、色んな場所で、色んな旅をしている。 今日の良き日に感謝。
ココの夜はぬるい 昨夜も歩いたけれど、今夜は特にぬるい 雲に隠されボンヤリとした月 生ぬるい風が体をなでる かと言って、東南アジア各国での旅や生活を思い出すわけでもない ぬるい夜 フクロウの鳴き声が遠くきこえる 虫の音もそこにまざる ぬるい夜 朝からボートに飛び乗り雄大な景色を眺め風を感じて過ごした 昼は柔らか旨い餡かけ豚チャシューwithチキンライス弁当の休憩をはさみ 午後はバスに揺られ、そして牛に揺られ 花の美しさと緑の強さ そこに舞い踊る蝶たちの命を感じ 海を眺めながらアルコールを含んだジェラートを食べた 帰りのバスには、偶然にも同棲中の5人の仲間たちが乗っていた 私ともう1人が乗り込み、昨夜のナイトライトハイクとは異なるメンバーだが再び7bro&sisとなり話が弾む 下車し、めいめいが売店で何かと買い揃え、シャワーを浴びて夕食を作る 語らいの時を経て、またナイトハイクに出かける者、
まだ旅は終わっていない。 外からはフクロウの声が聞こえてくる。 昼間は牛の鳴き声だった。 私の持病の調子はまずまず良くはない。 自然治癒してほしい。 この先に訪ねる予定だった土地の天気予報も良くないので旅を一旦切り上げ、3日後には妻のもとに帰る予定。 そこで、自分の記憶の記録として、今回の旅で出会った&再会した旅人たちについて書き残しておきたい。 ーーーーー 最初の再会は、定宿スタッフのKYさん。先月も来たのですが、またお世話になります。 と、思っていたら、1週間後に宿に戻ったらオーナーの持ち物がテレビで…。そんな騒ぎでも、奥様はいつもの静かな淡々としたペースでお仕事。 最初の3,4日間の旅人の記憶が薄いけれど。TS社を辞めて無農薬米おにぎりをT市で行うという20代の男子と、ぶっ飛び気味なアイリッシュのベジタリアンで大柄なダイビング狂の女性。 次の宿では、コロンビア人の英会話のハードワーカ
今回の旅は長めなので、結果的に何軒の宿に泊まるかは現状未定。旅の最初と次の宿だけは事前に予約して旅に出た。 最初の宿は以前も何度か泊まったことがある安宿で、今回もスタッフさんに良くしてもらって居心地が良かった。 次の宿は、以前内見だけしたけれど宿泊はしなかった安宿。前回はコロナ渦中だったので「おしゃべり控えて、交流控えて」の空気があり、雰囲気がやや暗く感じられたが今回はどうだろう? バックパッカーの旅人にとって宿は大事。 とりあえず、しばらくは3泊4日、4泊5日くらいで宿をローテしていこうかと思っています。ちょっと移動もするので、そのくらいのスパンで宿がえするのが気分転換や移動の動機づけにもなって良いかと。 目的のない旅なので(スギヒノキ花粉を避粉旅ではあるけど)、宿がえくらいしか強制的な変化をもたらす動機づけがないのですよね。 さて、今日のお宿はどうかしら?
また旅に出ます。国内です。 2月に南の方を旅したのですが、また南に向かいます。期間は6週間。予算はコミコミで30万くらいかな。 2月の旅は10日間、10〜15万円くらいの支出だったので、それより1日あたりの費用は抑えめに。リュックサック1つと手提げ袋1つバックパッカー系の旅です。 泊まる宿は、ホテルではなく安宿。いわゆる民宿のような宿や、ドミトリーがある昔のユースホステルのような宿が中心。宿泊費は1泊3000円前後、食費は1日2000円くらいかな。 支出予想は1日5000円、44日間で22万。飛行機代が往復で3万円ほど。5万円くらいは余裕をみて、おおよそ30万円ですね。 ーーーーーーーーーー 昔(四半世紀前)、若者だった頃に貧乏学生バックパッカーとして旅した東南アジアは、1泊300〜1000円、食費は1日500円くらいでした。インドでは、1泊100〜300円、食費は日200〜300円くらい
なんだかんだ、若いうち、元気なうちに色んなことに挑戦しておいたほうが良いと改めて強く感じる。 現在の私は、年齢的には中年となり、資産的にもユトリのある部類に入るようだけど、もうコレと言って心の底から「やりたい!」と思うことが無い。 中年になっても色々とヤリタイことがある人もいるようだけれど、基本的に意欲や情熱は若い頃のほうが強く、年齢を重ねるごとに弱くなっていくと思う。 若い頃に旅した新興国(当時は発展途上国という呼び方だった国々)での貧乏バックパッカー旅や異国での長期留学、自由気ままにバイクを走らせてフラフラと深夜まで遊びまわった日々。 当時(若い頃)は倹約節約の4畳半貧乏学生生活だったけれど、得体のしれない鍋の中身をツマミながら友とワイワイ過ごした夜、それはとても楽しく充実した日々だった。 今、こうして中年隠居人として時間にもお金にもかなり余裕のある生活をしているが、幸せであるが充実感
今日は午前中からそれなりに有名な温泉に入り、今は休憩所でノンビリ。 世間は火曜? それでも温泉には朝から入浴客がそれなりの数いる。 内訳は、外見で判断すると、明らかな高齢者が5割、50〜60代が4割。残り1割が私を含む中年と若者だった。 リアル友人眺めても、豊かでない人が少なくない。 そして、稼いでる友人たちも忙しく、平日昼間からノンビリしているのは極僅か。 本当に日本は貧しくなったな。 ※1人あたりのGDP推移を眺めると納得 私は若い頃(四半世紀前)「日本は近い将来に立ち行かなくなるぞ!少なくとも“先進国”なんて胡座をかいていたら他国に豊かさでも追い抜かれていく」と言い続け、政治的な活動もけっこう本気でしてたんだけど、聞く耳を持ってくれた友人は1〜3割だった。 そのような政治を通しての社会全体に対する改善を訴える活動と並行して、自己責任での自分の人生運営(倹約家と投資)も私は若い頃からか
10日ほどの小旅から帰宅 日本の晩冬初春における花粉と寒さは良くないね… あと、旅の序盤から発生した持病の1つから鈍痛がまだ続いている… お金(貯蓄)は、このままのペースで使うなら半世紀分程度はあるのだけど、体力や健康というのはね中年だから… 重病ではないので、妻が言うように「サクッと手術」してしまえば良いのだけれど(苦笑) 閑話休題 【後期高齢者が若い頃の自分自身に助言できるとしたら】という問いがあり 「たくさんたくさん旅をしなさい」 「良いと思うことを全部しなさい」 「色んなことに挑戦し続けなさい」 ↑WEB上でこんなメッセージを見かけた。 ーーーーー 「“”若いうちに“”やりたいことに挑戦しまくれ! とにかく行動しまくれ! やりたいこと全部やれ!」という主張や助言、中年になった現在「ホントそうだよねぇ」と思う。 実際、自分も若い頃からまずまず行動と挑戦はしてきた方だと思ってもいる。反
私は、年齢的には、まだ中年だと思います。 しかし、2年ほど前に仕事を卒業して隠居(いわゆる完全FIRE)状態に入ったので、日本社会における老後のような生活をしているのかもしれません。 世間は今日から3連休らしいですが、私はもう700連休(?)を超えているような。。 だから何、ということもないのですが。 特に不満もありません。 振り返ってみると、妻と父母との時間を多く持てるようになったことが幸せです。 前職は、非常に恵まれた労働環境で、仕事内容も好きな業界だったのですが、コロナで考えました。 「このままでよいのか?」 お金は、子どもの頃から倹約節約で貯蓄、若いころから投資をしていたので、その時点(2年前)で蓄えも投資益もそれなりにあり、隠居しても良い状態と考えていました。 しかし、恵まれた職、毎月安定したそれなりの給与、毎年2度の結構な額の賞与、年に2度の vacation(3~4週間の休暇
毎年のように盆を過ぎたら空気がかわり、特に夜が涼しくなった。 昼の空気も澄みはじめ、重たく肌にまとわりつく湿気が消えていく。 夜に虫の音が聞こえはじめ、昼間の蝉の声もかわった。 四半世紀前、花粉症になるまでは3月〜5月の春の季節感が好きだった。 花粉症で春がツラくなってからの若い頃(10代後半〜30代)は、ギラギラした夏の暑さが好きだった。 中年になってから、夏の暑さがキツくなり、9月から11月が1番好きだ。 今日の昼の空も澄んでいて気持ちがいい。 夏の雲は少なくなり、秋の色を感じる雲が空にある。 午前中に起きるのは気持ち良いですね(苦笑 ※この夏の間、午前5時くらいに就寝、午後2時頃に起床という、暑さにヤラれたグダグダな生活が続いていた。しかし、そろそろ秋モードで、午前中に起き、日の高いうちから活動するマトモな生活へと修正していきたい。
若い頃から印象に残っている曲の詩↓ ------------------------------------------------------------------------------------- ♪ 自分が自分の世界の主人公になりたかった 子供の頃から憧れていたものに なれなかったんなら 大人のフリすんなぁ~ ♪ 『THE HIGH-LOWS 不死身のエレキマン』 ------------------------------------------------------------------------------------- ↑だよね。と、思いながら生きてきたのだけれど、 最近、ふと気づいたのです。 実際は、上記の歌詞とは逆 自分が自分の世界(人生)の主人公になれなかった人 = 大人 なのでは?? むしろ 子どものままだからこそ、人生の主人公でいられる のでは? もしく
www3.nhk.or.jp 口先だけで中身のない眼前思考の空気人間たちが、自分で調べることも考えることも放棄して、つくられた騒ぎに恐怖し、集団として社会劣化を招く方向の空気にイナゴフォローを繰り返した新コロ騒ぎ。 日本医師会の釜萢常任理事は記者会見で「65歳以上の人や基礎疾患がある人以外が重症になる割合はそれほど高くはない」と述べ、すべての人に積極的に接種を呼びかける必要はないという認識を示しました。 ↑ 2~3年前から、世界中の新コロ統計で分かっていたこと。 大半の人間は、自分から統計を調べ眺め考えようともせず、歴史を見直し過去から学ぼうともしない、基本的にウマシカ。もしくは、マスゴミの煽りによって増幅された毎度毎度の事件や出来事に飛びつき流れに乗ろうとすることしかできないイナゴ。投資でも同じだけれど、今回の全世界的な新コロ大社会実験で、個人的に確信。 自分で決めることも考えることもで
Only when the tide goes out you find who has been swimming naked. 新コロ怖い怖いでも、ワクワクワクチンでも、インフレでも、投資でも同じ。 時間が証明 ↑ マスゴミと空気に煽られ、不要な接種ダントツ世界1な思考停止の人間がマジョリティな愚かな普通選挙制民主主義の国は? そうやって、すべての負債を自分の子や孫にプレゼントして苦しめていく愚かすぎる人々。 長渕ポーさんが30年前に嘆いていた「平和ボケの馬鹿日本人マジョリティの姿(動画終盤参照)」。バブルが弾けてから30年も経過した@新コロ2020においても、相変わらず日本人の大半は己のない馬鹿空気民のままでした… ↓ 長渕剛が主演、1991年のテレビドラマ『しゃぼん玉』の最終回 www.youtube.com 2020年4月12日:新コロが世界中で発生して約3カ月後、日本中が ”遅
この数日間、数人の友人と時間を共有しました。 1人は、1か月ほど前とある場所で出会った隠居人。 1人は、主夫仲間でもある昔からの親しい友人。 1人は、これからかなりマイナーな国に数年単位の仕事に向かう旧友。 1人は、大学時代からの友人で、落ち着いているが心はアツい旧友。 皆、いわゆる中年世代、半数が隠居人、半数が現役人。 桜の花が綺麗な世界を演出してくれています。 遅い疎い人たちの間ですら新コロ馬鹿騒ぎがほぼ終わり、3年前の日常が戻った花粉の春… そういえば、3年前の今頃はすごい騒ぎでしたね… 過去から学べない、過去を眺めようともしないマジョリティ(苦笑) ↓ ↓ ↓ アノ3年前の春、必死で世界中の情報を集め、自分なりに俯瞰して分析した結果、己の資産管理方針(長期投資計画)に従い『Stay the Course』 で進みました。世界中が新コロにブルガクしていた2020年、mRNAワクチン礼
久々にPCを開けたので、他者のはてなブログを眺めてみた。私は過去に遡ってみることが好き。するとQYLDの文字が。 昨年の今頃だったか、一昨年の今頃だったか正確には思い出せないが、ツイッターのバ株クラでQYLDが「高配当!」といって騒がれていた。 当時から私は「元本毀損型(タコ足喰い)のQYLDは、10年以上前にジャパの情弱騙しまくった毎月分配型投資信託と同じクズETF。こんなモノ考えなくてもゴミETFと分かるのに、なぜ褒めているのか? まして買うとかウマシカなの?」と何度か忠告した。 で、今眺めてみると、大半のバ株クラの投機ウマシカ達は、案の定QYLDを手放している。 苦笑しかない。 ウマシカは歴史から学ばない。 いや、ウマシカは歴史を学ぼうともしない。 歴史と言っても、こういう類は10年遡って眺めるだけでも勉強になる。数十年程度でも十分な学びがある。 私が学生だった頃は、起業ブーム、NP
飲み込まれるか、飲み込むか? 明治維新の気骨と大東亜戦争 現代中華のチベウイ香港、大日本帝国のアイヌ琉球、違いは? 実存は本質に先立つ 大抵の人は「他の人と違うこと」ができない。全員参加型の社会大実験だった新コロにおいて、それは「ノーマスクやノーワクチン」だった。空気人間は新コロ終わって1年も経過した今でも屋外でマスクしているらしい。基本屋外ノーマスクだった私だけれど、春の花粉のこの時期は毎年屋外マスク優等生(笑)。何度も言うけど、花粉症のほうが新コロより深刻だよ。 投資においては「目先でドカンを狙わず、コツコツ積み重ねる投資の継続」。眼前思考のマジョリティは空気人間だからか「当たり前」のことができないらしい。原因は、投資に手を出す人間の大半は生来の投機ギャンブル好きで、そこには分母偏りがあるからだろうか。 旅から帰ってきてからは「大学生の春休み」のような緩く穏やかな毎日をすごしています。
中年バックパッカー旅が面白かった理由の1つが分かった。 (旅人ではない)コッチの世界では、自分みたいに「時間に余裕を持って自由な暮らしをしている人」(との出会い)が極端に少ない。 逆に、旅をしていると「同類」に会える確率がかなり高くなる。 私の場合は、時間だけでなくお金にも余裕があるが、倹約バックパッカー旅のスタイルが好きなので出会う人達は「時間余裕系」が大半だ。 コノ国(ジャパ)で時間余裕系の旅をしている(学生ではない)大人は大きく2種類に分けられる。 それは 1.時間には余裕があるけれどお金には余裕のない沈没系の人達(社会不適合で逃げや諦めの世界にいる人達) 2.時間にもお金にも余裕があるFIRE自由民的な人達(資産形成やキャリア形成済みで社会を遊ぶ人達) で、2の人達も少なからずバックパッカー的な旅をしているということを前回の旅で知った。 お金に余裕のある人達は、自分のストックやフロ
バッパー旅も3週間近くになり、元気になってきた!(笑) 国内といえども、本格的なバックパッカー旅は10年ぶりどころではなかったので「取り戻す」までに20日間ほどかかったようだ。 やっとドミトリーやボロ宿、個性的な宿を泊まり歩く、リュックサック1つだけを背負った「旅人としての日常」に慣れてきたのかもしれない。別の言い方をすると「旅が日常になった」ともいえるか。 もしくは、先日から数日間、かなり野性味溢れる大自然の土地で、ボロボロの原付きに跨って、未舗装ガタガタ道なんかも攻めまくり、ヤンチャしまくったから元気になってきたのかもしれない。 「旅人」たちとの出会いもエネルギー源になっている気もするが、それはまた別の話。南米も興味あるけれど、個人的には東ヨーロッパやコーカサスの方が、より行ってみたいカナ。
バックパッカー経験者なら「宿選び」の大事さを分かってくれると思う。 他の宿泊者と関わりのない一般的なホテルなどと異なり、バックパッカーの利用するゲストハウスはキッチンやトイレなど色々な場所が共用で、宿泊者同士の交流機会が多い。 なので「どんな人が集まっているか=宿選び」は、バックパッカーの旅心地に大きな影響を与える。 外国のゲストハウスでも、日本国内のゲストハウスでも同じだが、「宿にはイロがある(宿泊者の出す雰囲気、つくりだす環境が全然違う)」。 同じような安宿でも、かなり汚く荒んだ宿もあれば、1泊2000円前後の宿でも快適で心地よい人々が集まっている宿もある。 この違いがどこに起因するのか正確には分からないが、宿の環境や客の出す空気感を左右する要因の1つは、オーナー(もしくはマネージャーなど現場責任者)の個性にある気がする。 過剰にルールが細かい宿、逆に宿泊者を放し飼いな宿。皆でお酒を飲
隠居主夫モドキ(流行り言葉だとFIRE生活)をはじめて1年と数カ月。分かったことは、「お金と時間の両方に余裕がある昼の有閑中年男性は驚くほど少ない」ということ。 大抵の同世代は、お金も時間もない。仕事、子育て、家族サービスのいづれか、もしくはそれらの重複や全てに時間的にも金銭的にも追われている。 既婚子無しの同世代の中には、少々お金のゆとりがありそうな人も見かけるが、基本的に週5以上でゴリゴリ仕事をしており時間的な余裕はない。 時間の余裕がある、というかフラフラしている未婚者もチラホラいるが、大半はお金がカツカツの様子。 ということで、お時間様にもお金様にも余裕のある私(FIRE人)と時間とお金の使い方が合うような同世代は非常に少ない。 第三号被保険者である私。妻は週5勤務のフルタイムワーカー。しかも、バリキャリ系の仕事中毒者なので平日は遅くまで仕事に追われており、夜一緒にアフター5や夕食
飲食店、入店時はマスク着用!と主張してくるが、入店して着席するとマスク外して談笑してても文句は言われない。夏の暑い日中、人もまばらな街中で屋外でもマスク着用して歩く。他の人もそうしているからと、9割の人間が同じように行動する。 この国民集団による愚かな意識と行動の延長線上に、100兆円の新コロ対策バラ撒きと、未だに2類指定で医療逼迫&一部の病院経営者+医療製薬関係者を儲けさせるという馬鹿げた国策が日本では未だに続いている。 協調という名の実態は単なる批判逃れ・責任回避の手段でしかない総体としては非合理的な行動によって、社会は莫大な不要コストを浪費している。 結果、将来あなたの子どもや孫が貧しく不安定な社会の中を生きることになっている。それでも、中身のない空気社会を許容して、今の在り方を続ける。己の保身による空気イナゴな決断や行動、そして無関心が自分の子孫を苦しめていると理解できないのかな?
昨年に続き、今年も良い年だった。 昨年は変化の年だったが、今年は安定の年だった。 雇われを辞め、久々に自由人に戻った。まるっと1年間も自由人生活をしたのは、約10 年ぶりだったかな。 来年は働くかどうか? 12月に入り、こんな相談を大黒柱の妻にすると「必要のない苦労はしなくていいんじゃない?」とのお返事。「やってみたい、経験してみたい、そんな仕事があるならやってみてもいいと思うけど。アナタは無理に働く必要はないんじゃない?」と。 そうなのですよね。いわゆるFIRE人であるのは、実は10年以上前からなのですが、今回は今までとは気持ちが違う。母国ジャパンに不要な希望を持っていない私になれました。 今までは、日本人もそこまで馬鹿じゃないと思っていたのですけど、今回の新コロ3年間の大社会実験と観察で「日本人の9割は、思考停止者、空気人間、完全な馬鹿」のいずれか、もしくはこれらの重複者であると分か
楽観主義が行き過ぎたとき、懐疑主義は悲観主義に傾く。悲観主義が行き過ぎたとき、懐疑主義は悲観主義に傾く。 日本人空気マジョリティは2020年の1月下旬に酒盛りしてノンビリ構えていましたよね。私はマスクと薬を買い溜めしてましたけど(笑) 職場で「中国の流行病がヤバい感じですね」と話しても「なんの話ですか? 大丈夫でしょ〜」との楽観的反応ばかりでした。 その1か月後、2020年2月中下旬にはダイヤモンプリンセス号がマスゴミのネタになりました。公立学校は2月末に突然の終業式を迎えました。 皆はマスクを求めて薬局に殺到しました。そこには、少しのマスクとタイレノールしか残されていませんでした。そして愚かなマスク価格バブルが起きました。 懐疑主義と悲観主義が同義語だと思ってる人が社会には多いんだよね。全然違うのにね。 私は、いつもやたら「ポジティブポジティブ!」みたいなノーテンキな楽観主義の人達はキラ
日本は大きなムラ社会。以前から言われていたことだけれど、全国民参加型の社会実験で実証された。都会に住んでいても9割はムラ人。閉鎖的相互監視「意識」で生きている。戦争をはじめたら、また「非国民」とか言い出すであろう危険な空気至上主義の国民性🤮🤮🤮 怖いのはコロナじゃなくて「他人の視線」 馬鹿騒ぎ開始から、そろそろ丸3年。社会を停止するほどの怖さはない流行病を過剰に怖がっている人は随分と減った。屋外も建物の中も人でいっぱい。もう風邪ウイルスのことなんか怖がっていない。それでも、まだみんな顔オムツ(マスク)。 ↑写真の麻生さんの発言は「もう1年半以上前」、2021年3月。 私は屋外マスクなどという意味不明でバカなことは2020年の夏からやってません(笑) 2020年の春から約3年間、このブログにデータやソースを明記して、新コロ過剰反応社会への警鐘と批判を書いてきました。 当初は、今は懐かし
人はコロナ後の世界の夢を見るか? 荒川央 2022年9月20日 https://note.com/hiroshi_arakawa/n/nde8dc3b30e85 ーーーーーーーーーーー ↑ このノートは、2年以上前からコロナの過剰自粛や過剰恐怖の馬鹿騒ぎへの疑問、そして1年以上前からmRNA急造ワクチンへの警鐘を鳴らし続け、「虐げられてきた私達の気持ち」を代弁してくれていた。 2年半近く前から、私達は「そもそも新コロを恐れ過ぎだ。統計を比較と割合で冷静に観察すべきだ!」と言い続けてきた。 ↓ https://apapoyo.hatenablog.jp/entry/2020/04/12/195144 ワクチンについては、1年以上前の日本におけるワクチン接種前から警鐘は鳴らされ続けていた。 ↓ https://apapoyo.hatenablog.jp/entry/2021/08/01/234
『大事なものが増えると心配も増える』 ずいぶん前に目にした言葉 おそらく20年ほど前だと思う 今でも、この言葉は箴言だと思う 今日、7,8年ぶりの友人に会った 昨日は、3年ぶり&20年ぶりの友人(+α数人)に会った 皆、中年なので、それなりに年を重ねたが、人によって差がでてきた気がする 私は「あまり変わらない」と言われる方だ 外見は、20年前と比べると、やや痩せて(5キロくらい?)白髪が混じってきた 内面は、どうだろう? さすがに、昔ほどヤンチャではない ただ、「大人のフリ」をはじめた周りの中年たちよりは多少ヤンチャかもしれない 明確なのは「子どもがいない」という点 既婚ではあるが子どもはいない(選択の結果) やはり、中年になると「子どもが大事」ということを子持ち友人達からヒシヒシと感じる 「子どもが大事であるがゆえに心配や悩みも多い」のだな、と感じることは多い そういう人は、とても健全で
公開 2018年10月1日 「ネイチャー誌、サイエンス誌の9割は嘘」 ノーベル賞の本庶佑氏は説く【常識を疑う】大切さ ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑・京大名誉教授。本庶氏は自らの研究に対する姿勢を問われると、好奇心と「簡単に信じないこと」の重要性を強調。 「(科学誌の)ネイチャーやサイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経ったら残って1割」と語り、自分の目で確かめることの大切さを説いた。研究で大事なのは「自分の目で確信ができるまでやる」こと。 本庶氏は著名な科学誌「ネイチャー」と「サイエンス」を挙げてこう語った。私自身の研究(でのモットー)は「なにか知りたいという好奇心」がある。それから、もう1つは【簡単に信じない】こと。よくマスコミの人は「ネイチャー、サイエンスに出ているからどうだ」という話をされるけども、僕はいつも「ネイチャー、サイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経
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