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「小学校の校庭や農家をホテル代わりに…」米兵相手の“派手な服の女性”だらけになった山形の町の戦後史 | 文春オンライン
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「小学校の校庭や農家をホテル代わりに…」米兵相手の“派手な服の女性”だらけになった山形の町の戦後史 | 文春オンライン
札幌、横浜、渡鹿野島、飛田新地、沖縄……。かつて日本各地に「青線」と呼ばれる非合法の売春地帯が存在... 札幌、横浜、渡鹿野島、飛田新地、沖縄……。かつて日本各地に「青線」と呼ばれる非合法の売春地帯が存在した。戦後の一時期売春が認められていた「赤線」と区別され、そう呼ばれていた場所は、その後どうなったのか。 10年以上かけて全国の青線とその周辺を歩いたノンフィクション作家、八木澤高明氏の著作『青線 売春の記憶を刻む旅』(集英社文庫)から、一部を抜粋して転載する。(全3回の2回め/#1、#3を読む) ◆◆◆ この町に、原色のドレスを着た女性が…… 神町駅から車で5分ほどの場所に自衛隊駐屯地があった。そこがかつての米軍基地である。駐屯地から西方向、山形空港へと延びた道の両側にスナックや焼き肉店などの飲食店が軒を連ねていた。着いたのは昼間ということもあり、ほとんどの店が開いている様子はなかった。私は日が暮れるまでホテルで休むことにした。 ざっと町の中を走っただけだが、駅の周辺は住宅街、少し外れると果