否定されることを恐れるな、否定することを恐れるな。拒絶によってそこに輪郭が生まれる - ミームの死骸を待ちながらを読んで。 はてブのコメントについては、「ブログを充実させるためには「反論」も必要」「ブログ論者に批判トラックバックを送るやさしさ」「ブロガーとしての満足感をどこに感じるか」「読者の反応にブログの楽しさがある」「はてブネガコメを嫌がるアナタへたったひとつのアドバイス」「私はコメントをしたいのではなく、はてブをしたいのだ」といった感じに、いろいろ書いてきました。 こんなにも書いてきた理由はたった一... > このページを見る
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2010年01月06日05時24分
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- 『人は何か意見を見ると、何らかの意見を持つのです。それを利用したのがソーシャルクラウドで、それで流行っているのがTwitterなんだと思っています。』素晴らしい分析だ。
- 自分の肉を削ぎ落とすような書きかたしかできないから、否定されることについて、生傷に指突っ込まれるような感覚がある。たまに「なんで書いてんだろう」って思うことがある。
- 私もはてブで「否定」をほとんど感じない。見方受け止め方表現の仕方が「違うだけ」だよな、と思う/否定と感じる事を否定しない。否定が辛いならしばらくネット(はてブ)見ない方がいいかもねとか思う。5周年おめ
- 年齢が上がると反発に耐えられないってのはあるかもしれない。
- 全力で同感しつつ考える。記事に対する否定ならいいんですよ。消化しようがないのは中傷のたぐい。「良いブロガーほどなぜか打たれ弱いんですよ。」ほんとに。
- 5周年おめでとうございます!
- 良いブロガー程ちゃんとモノを考えているので、脳髄反射的な批判にもいちいち考えてしまうんかな。勢いで書いたコメントは後から自分で読んでも分けわからんことがある。そういう時はブログで意見を言うようにしたい
- なんか興味深い話なので
- 理由が見える否定は許容できると思うが、理由が見えない否定は許容できる気がしない。見えない理由が外的要因なのか内的要因なのかでも変わってくるが。
- ”○○は夜更けすぎに まなめと変わるだろう” ←○○に入る言葉を朝からずっと考えている。もう茄子でいいかな・・・|Д゚)








