土曜日「車から降りて逃げろ!渋滞する車列の一台一台の窓を叩いてまわる若者がいた。ドアを開き、足をアスファルトにおろした途端、さあっと冷たい水が流れるのを足首に感じた。土手の草むらに足を取られながら、ガードレールのところまで駆け上がった。振り返... 続きを読む
木曜日見舞い客を接遇するのも、病人に課せられたクエストなのだろうか。身体やこころがそうであったように、ここでも「私の命は私のものではない」。「社会的文脈」において、病人は病人らしく振る舞うことが望まれている。見舞い客もまた、劇場の観客であると... 続きを読む
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Фотография, 月曜日熱砂の孤島には、身を隠す処がない。黒い絶海にありながら、吹きすさぶ潮風から身を守ることもできない。西暦2010年の孤島では、狼煙を上げるための流木を拾い集め、届き得ぬ煙を遠く、はてなき潮路に託す。 ひとは、必ずひとり以上の詩人を... 続きを読む
日曜日, Фотография 風景は、そこにあるようにあるのではなく、眼差しによって作り出される。風景は、内的世界から世界へむけられた眼差しによって作り出される。 眼差しを映し出す風景は、到るところにある。 続きを読む
Фотография 写真は、繋留されている。芸術なのか、事実の伝達(このことについては、著しい疑問がある)なのかという、ナイーヴ過ぎる二項対立から、そのいずれでもない、写真は写真でしかないという見解に至るまで、写真は常に繋留されている。つまり、こ... 続きを読む
火曜日それは言葉の中を通り抜けて、けっして確定しない罪を構成し、拷問となって届けられる。箱の中の猫の箱 ‐坂のある非風景喪ったということに、大抵の場合は気づかない。猫が逝ってから一年ぐらいは、道端のごみ袋が猫に見えて、ふらふらと電柱のふもとの... 続きを読む
土曜日距離の取り方がどうとか、話題がこうとか言い出すとしたら、単にコミュニカシオンの能力の低いおとなたちだというだけではないのか。あらゆる拒絶を越えて、撮ってください。これは、あらゆる拒絶を内包して、言葉が紡がれるのと同じです。言葉が奪うもの... 続きを読む
火曜日青函トンネルの開通から二十年が経過して、津軽半島でもキタキツネが確認されたという報道は繰り返されているけれど、どうなのかわからない。キツネは、氷河期にも生物相の融合を許さなかったブラキストン線を、海峡の海底に細く延びるトンネルを伝って「... 続きを読む
月曜日車庫の二階の天井の低い部屋で、潮の匂いと、ざわざわとした落ち着きのない空気に、目覚めた。その朝、下の車庫には、透明な海水が呼吸するように流れ込んだり引いたりを繰り返し、堆積する砂を洗っていた。階下に降り、いまにも漂流を始めそうになってい... 続きを読む
七夕の故事をひもとけば,かならずカササギの架橋事業を見出す。大阪の枚方(ひらかた)には,天野川という小さい川があり,「かささぎ橋」という橋が架かっている。上流の交野市には星田という土地があり,七曜の星が落ちた三箇所のうちの一つだと謂われている... 続きを読む
マレ−シアから年賀状を送りたいのですが、 可能でしたらご住所をご教示願えますか? お差し支えなければ宜しくお願いします。 小生は何とか生き延びています。又近況を ご連絡頂ければ幸いです。 以上 クアラ・ルンプールにいる友人がメールをくれたのだが,返... 続きを読む
比較心理学徒。 世界は,接近なのです。 お便りは, aburanokoji.nakaneko[at]gmail.com へ。お待ちしております。 積乱雲―入道雲の下の世界は,どうなっているのか。その雲の下では,風は速まり,どうかすると激しい雨さえ落ちているかもしれない。経験的には... 続きを読む
どのような衝動も、それが行為になるまでに二分の一秒遅れる。その「二分の一秒遅れ」と呼ばれる隙間、自意識の宿命があるために、人間には本能といったものがないとされている。 真っ直ぐに歩いていたはずのネズミが,突如進行方向を90度変更する。以前テレビ... 続きを読む
隠蔽されるものが顕現する,その仕方について考えていた。隠蔽されているものは,死である。irugu さんとは,新宿で初めてお会いした。その夜,ひとりの方を除いて,初めて会うひとばかりだった。以前から「知っていた」のに。 irugu さんは,先日危うく死んで... 続きを読む
最初に冬が訪れた。 年末の暗い郊外の駅前で,「たまたま」近くまで来たからと嘘を告げる。大抵のばあい,偶然に会いに行けることになったなどということはなく,周到にシナリオを練り上げて人には会いに行くものなのだ。相手のマンションのむかいにある書店に... 続きを読む
そして,ついには,そのたたかいから逃亡するためにもさらに書くのだ。逃亡しても,どこにも逃亡できる場所はない。私自身が「中猫」をやめられないのは,書くことをやめられないからである。そこにはとてつもない矛盾があるが,私は書いているときには逃亡者で... 続きを読む
二十年前の三月のある夜,カリフォルニア出身のスティーヴンは,行きつけの喫茶店で泣いていた。なぜか。私が店に入ったとき,飲み物の冷やされた冷蔵ショーケースの影に隠れるようにして,彼は女性店主とぼそぼそと話していた。 「日本では春は別れと出会いの... 続きを読む
日曜日福岡を訪れたとき、遠い昔にお世話になった方に車を貸してもらって、コスモスの花が咲き乱れていたはずの庭を見に行った。父が九大にいた頃、家族も福岡で暮らしていたことがあった。父は特に植物を育てたりが好きなわけではなかったが、コスモスの種を手... 続きを読む