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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (12)

  • 愛のもたらす具体的な効用 - 傘をひらいて、空を

    痛み止めを使えばすべての痛みが取れるのだと、ぼんやり思っていた。市販薬ならいざしらず、入院して病院で入れてもらうような痛み止めが効けば、苦しくないのだろうと。でもそうじゃないみたいだった。考えてみれば当たり前のことだ。解熱剤があれば熱が出ないのではない。安定剤を使えば安定するのではない。 けがをして苦しそうな夫を見ながらそんなことを考えた。わたしの共感の能力はあまり高くない。目の前の親しい人が苦しそうだからといってずっと苦しい気持ちになったりはしない。最初の三十分を過ぎたらなんとなしに慣れて、わりと日常的な感覚になる。夫のけがは命に別状のないもので、応急措置も済んだのだから、よけいに平常心だ。 わたしは驚くほど、親しい人と心をひとつにせず、親しい人の役に立つことがない。愛とかってあんまり役に立たない、というのがわたしの意見だ。愛はすてきだけど、地球を救わない。というか、たいていのものごとを

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    holypp 2016/09/18
  • おしらせ 雑誌「GINZA」に短い文章が載っています - 傘をひらいて、空を

    雑誌「GINZA」2014年7月号(http://goo.gl/LZnkkP)に短い文章をふたつ書きました。「香りと女の物語」のなかに掲載されています。

    おしらせ 雑誌「GINZA」に短い文章が載っています - 傘をひらいて、空を
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    holypp 2014/06/16
    おめでとうございます。読みます。
  • 彼の邪悪な優越 - 傘をひらいて、空を

    彼はふと彼女に手を伸ばした。彼女はすぐには動かなかった。だから彼はしばらくそうした。十数秒の後に彼女はベルトコンベアに載せられた作りかけの製品みたいに円滑に彼とのあいだに距離を置いた。彼も彼女もそれぞれに狼狽をそのまま表出する習慣を持つほど平和な人格ではなかったし、接触のひとつやふたつでひどく動揺するタイプでもなかった。だから場の空気の緊張の大部分は無事に隠蔽された。彼女はけらけらと笑って、やだあ、と言った。子会社の派遣社員はセクハラし放題みたいな考えかたってよくないですよ。今っていろいろうるさいんですからあ。 彼は彼女と一緒になって笑い(彼は常に笑われる側でなく笑う側に回る)、そうなったなら失礼しました、と言った。彼女はまた高い声で笑って、わあ私こわあい、と言った。怖い怖いと彼も言ってほほえんだ。彼女は先の笑いの残響のようにわずかに声をたててみせ、それじゃあ私、お迎えあるんで、と言って、

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    holypp 2012/06/24
    そりゃあなたを好きなら傷つきますよ
  • たちの悪い鏡 - 傘をひらいて、空を

    打ちあわせから戻ったら七尾が彼のデスクの前に立っていたので彼の腹の底に小さな吐き気の種が生まれた。それから七尾の指がデスクの天板に触れているのを見て取った。種が浮上する。七尾はさりげなく背後の自分のデスクに戻る。何か、と不自然なほど遠くから彼は声をかける。七尾は後ろを向いたままかすかに首を振る。 七尾は彼の同僚で、同じ仕事をしている。職位も同じだ。今のところは、と彼は思う。彼はその部署でひとりだけ飛びぬけた成果を出している。顧客たちは彼を指名し、彼の仕事に他の五割増しの対価を提示する。彼が取ってくる、あるいは彼にやってくる仕事のすべてを彼が引き受けることはできない。彼の上司がそれを他のメンバに振り分ける。七尾もそのひとりだ。 七尾がぬっと彼の視界に入ってくる。彼は眉をひそめる。二時、三時、と七尾は言う。彼は眉のあいだの皺を深くする。ミーティング、と七尾は言う。定例ミーティングの時間が変更に

    たちの悪い鏡 - 傘をひらいて、空を
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    holypp 2012/06/24
    嫌いなフレーズは「オレならやってる」かな。言わないようにしてる
  • 健康で文化的な最低限度の生活のためのスキルセット(案) - 傘をひらいて、空を

    を摂りながらほうれん草の冷凍のしかたについて話していると共通の知りあいが通りかかって、年ごろの男女の話題とは思われない、いいぞもっとやれ、と言って去った。私たちは大学生で、大学とアルバイト先が同じで、それぞれひとり暮らしをしていて、自分で自分の生活を支えていた。私たちは友だちだった。 年ごろの男女にちょうふさわしい話題じゃんと彼は言って大学の堂が無料で出すお茶をすすり、ほぼ水、とつぶやいた。それにしても成長したよねと私が言うと彼はそっくりかえって成長期だしとこたえた。背はもう伸びてないでしょうと返すとまだちょっと伸びてると言い張るのだった。 彼が私にはじめて電話をかけてきてから三年が過ぎていた。大学に入学したころの彼は実になんにも知らなかった。彼は私の住んでいた女子寮みたいな下宿の玄関にあるピンク色した電話を鳴らし、あのさあ槙野さん料理とかする、と尋ねた。凝ったものは作れないけど毎日

    健康で文化的な最低限度の生活のためのスキルセット(案) - 傘をひらいて、空を
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    holypp 2012/06/24
    会社はドラえもんだけど、階段を上がっていくと、いずれそのドラえもんと相対することになる。味方ではないドラえもんに。
  • 鈴木さんがいればいいのに - 傘をひらいて、空を

    槙野さんおでんべない、と彼は言った。べますと即答すると、彼は彼の同世代の部下にあたる社員の名前を挙げ、少し相談したいと言った。彼は目の高さでてのひらを斜めにしてそれを降ろすしぐさをしてみせながら、林原さんって、ほら、こういうところあるでしょう、と言った。ちょっと問題になりかかっていてね。林原さんのことはどうでもいいけどおでんのためならできるかぎりの話をします、と私はこたえた。日酒もつけましょうと彼は言った。私はたいそう喜んだ。 私はにこにこして大根をべ、がんもどきをべ、卵をべた。あと何か練りものをひとつと蛸とちくわぶをべたいと私は思う。槙野さんって林原さんにはっきり言うよね、と彼は言う。半年くらい前だったかな、飲み会で、めっちゃ笑顔で、名前で呼ぶのやめてくださーい、って言ってたことあったよね。不愉快なんでー、返事しませんからー、って。 私はごくまじめに説明した。お酒の席じゃな

    鈴木さんがいればいいのに - 傘をひらいて、空を
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    holypp 2012/03/07
    10年前の自分みたいで読みやすい。他の多くの作品は最近の自分みたいで読みにくい。読みにくいというか、深読みしすぎて頭痛がするというか
  • たったひとつの、冴えないやりかた - 傘をひらいて、空を

    どうやって治したんですかと彼女は訊いた。白い顔に宿命的な隈をはりつけ、どこかちぐはぐな印象の服装をした大学生だった。 十年前に卒業した研究室をたずね、恩師への相談ごとを終えてお茶を飲んでいると、もうちょっとここにいてと恩師が言う。会わせたいゼミ生がいてね、話したらきっと役に立つ先輩が来るからおいでって言ってあって、だから待ってて。 私と同じ業種を希望している学生の進路相談だろうと思っていると、顔色の悪い女の子がやってきた。自分のからだの半径一メートルを常に走査しているみたいな女の子だなと私は思った。通りいっぺんの自己紹介と無難な世間話を済ませると、恩師が学生のほうを向いて言う。 ほらあの、評価されるとだめになっちゃうっていう話、どうしてかわからないけど何か区切りになることをやり遂げたりするとそのあと具合悪くなっちゃうって前に言ってたよね、あの話がしたくてさ、俺ちょっと調べたんだよ昔、そうい

    たったひとつの、冴えないやりかた - 傘をひらいて、空を
  • ヒーローの正体 - 傘をひらいて、空を

    遅くまで残業していると、ナミキさんがコーヒーを飲みにきた。お菓子を持っているので禁止令はどうしましたと訊くと、わかりゃしませんよとこたえて笑った。先だって来たとき、体重増加により彼女からオフィスグリコ禁止令が出ましたと言ってしょんぼりしていたのだ。 こういうときはたいていそのまま休憩に入る。私は二人分のコーヒーを淹れ、ナミキさんは私にチョコレートを勧めて、世間話を物語にスライドさせる。 彼は彼の兄からのメールを開かずに無視した。彼はひどく動揺していて、そして、少し、愉快だった。彼は生まれてはじめて兄の上に立っていた。 彼の兄は子どものころから頭の回転が速く、何をやらせても上手だった。兄が訪ねると祖父母はおおいに盛りあがった。母が彼だけを連れていくときとの違いを幼い彼は敏感に察していた。祖父母は彼をちやほやしたけれども、兄といるほうがあきらかに愉快そうだった。兄は陽気で人を楽しくさせる。 よ

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  • 野良犬たち - 傘をひらいて、空を

    ほんとうに申し訳ありませんでしたと彼は言い、深々と頭を下げた。私と同僚は仕事上のトラブルについて話すために元請けの会社を訪問していた。私たちはいろいろな感情を抑圧して事を納めたところだった。原因は先方にあったものの、相手が率直に謝るとは思っていなかった。非を認めなくても済む性質の話だったからだ。 私は視界の左側に入っている同僚を観察した。斜めに流された清潔な前髪。ひかえめな、でも裸ではない色のくちびる。そのかたちは戸惑いを一滴くわえた十パーセントの微笑。私は急いでそれをコピーする。 彼はトラブルの内容と影響を整然と確認し、それから、もし自分が私たちの立場にあったとしたら持ったであろう感情について話した。それは私の心境とほとんど同じものだった。私は動揺した。彼女はにっこりと笑い、お心遣いありがとうございますと言った。 先日北海道に出張しましてと彼は言った。唐突なせりふだった。彼は彼女に紙袋を

    野良犬たち - 傘をひらいて、空を
  • 彼の優等生 - 傘をひらいて、空を

    はどうですかと彼が訊くので、私は心底から絶賛した。あんなに有能な人はそういません、彼女はうちの部署のエースです、準備は周到で進行は計画的、アウトプットにムラがない、もう完璧です。 彼ははずかしそうに、いやあ家ではぜんぜんそんなことないんですけどね、家事は手抜きですしね、子どもだってよくおばあちゃんに預けてますよ、と言う。フルタイムの仕事で優秀な成果をあげてなおかつ家のこともきっちりこなしている段階でものすごい、と私は思う。 私など子どもも育てていないし、休日に有意義なことをしているわけでもない。どうかすると家から出ない。掃除が面倒なあまり、部屋に物がない(なければ散らからないから)。料理は嫌いではないけれども、面倒になるとしない。大鍋にいっぱいのカレーやおでんをつくって三日三晩べ続けたりもする。彼女は絶対にそんなことしないと思う。 私は初対面の男性が気を悪くしないことばを選んでその思い

    彼の優等生 - 傘をひらいて、空を
  • 土曜の朝の子守歌 - 傘をひらいて、空を

    時計を見るととふだん起きる時刻だった。今日は休日だと思いながら布団のなかでにこにこしていると、携帯電話が鳴った。 私はそれを取り、ベッドから半身を乗りだしてカーテンをひらく。朝の習慣だ。おはようと私は言う。さわやかな朝だね。日光をあびると良いよ、バイオリズムが整う。僕はまだ夜の続きなんだと彼は言う。彼は私と同じ業界のやや異なる職に就いている。彼はいつだったか、僕らはいわば精神的な同期だねと言った。私たちは同い年だ。 彼の長い夜の内訳を問うと、空が白むまでが仕事で、そのあとがお酒だという。ばかだねと私は言う。終わったらさっさと寝たらいいのに。それで、いいだけ眠ったらブランチにするの。やわらかなオムレツと、口の中が切れそうなバゲット、とかね。そしてお散歩をする。夜になったら小説を読んで眠る。アモンティリャードはなし、ボンベイサファイアもなし、グレンリヴェットもなし。誰かとひとびんのハートランド

    土曜の朝の子守歌 - 傘をひらいて、空を
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    holypp 2011/04/28
    僕だって都合の良い女の子がほしかったらちゃんと体裁をとり繕う、いい気分にしてあげる、嘘だってつく、でも今はそれどころじゃないんだ。どうでもいい女の子に服を脱いでもらうための労力なんて残ってない。
  • 神さまを借りる - 傘をひらいて、空を

    じゃんけんで決める、と教官が言った。はあいと私たちはこたえた。私はそのとき大学生で、ゼミのキックオフミーティングに参加していて、発表の順番や雑用の担当を決めていた。 そのあとの飲み会で、でもどうしてですか、と誰かがたずねた。なんでじゃんけんなんですか、先生が適当に割りふるとか、話しあって決めさせるとか、そういうんじゃなくって。 彼は眉をたがいちがいに動かしてから、偶然がいちばん正しいから、とこたえた。 あのさ、みんな人前で発表するのとかはじめてじゃんか。なるべく遅くにやりたいよね。文献読むのだって先延ばしにしたいだろうし。俺が学部生のときだってそうだったもん。ほかに楽しいこといっぱいあるし、とにかく布団から出たくねえよ、みたいな日もあるし、バイトで稼ぐのがいちばん大事な時期もあるし、だいたい、若いとすぐ変なこと考えてなんか穴っぽいところにはまるんだからさ、あれってなんだろうな、ホルモンバラ

    神さまを借りる - 傘をひらいて、空を
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    holypp 2010/07/02
    一つの考え方としては、あり。2割くらいは賛成かな>彼は眉をたがいちがいに動かしてから、偶然がいちばん正しいから、とこたえた。
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