Shingo Azuma @sngazm 大学の後輩が3年弱かけてほぼ原付だけで日本の全部の市町村を回ってたんだけど、それが今日ついに終わったらしい。全部の市町村がサイトにまとまってる。あなたのよく知ってる場所も出てくるはずです。しかもこの人は写真がめちゃくちゃにうまいんだよ。信じられる? katsuo247.jp/post-40409/ 2020-01-08 12:17:30
これまでのあらすじある日突然Twitterで知らない人から誘われて、なぜかウイグル旅行に行くことになった限界社畜OL・砂漠。しかし、空港に現れたのは、社会主義旅行を通じて人を社会生活からドロップアウトさせる謎の秘密結社「うどん部」だった。空中浮遊が特技の中国オタク・尊師、小柄でツインテール姿のちょっぴりエッチな美少女・レーニン。そんな怪しすぎる仲間たちとの珍道中に、中国公安の魔の手が迫っていて……!? (これまでの詳しい話を知りたいかたは前回のnoteへ) 公安から謎の「重点旅客」認定を受ける 寝台列車を待つ人々でにぎわう駅のかたすみで、私は虚空を見つめていた。ここは「重点旅客」待合室。突然、公安に声をかけられ、ここに連行されたのだ。出入り口では、警備員がにらみを効かせている。 「どうしてこんなことになってしまったのだろう……」 私は、ネットに出回るウイグルに関する噂話の数々を思い出し、自
「俺、市議会議員の立候補することになったから」 ひさしぶりにかかってきた父からの電話。その声はやけに明るく、あまりに突然で意味不明であった。それに対して返した言葉はこうだ。 「いいんじゃない。人生一度きりだしやりたいようにやったらいいんじゃない。協力できることはするよ。」 なんの根拠もなしに父のサポートをあっさりと引き受けていた自分がいた。わたし自身、人と違う生き方を何年も前からやっているからか、驚きはしたものの「ええやん父」くらいにしか思っていなかった。世の中をなめてる娘の67才になる父の挑戦だった。 ここだけみると「親子仲がいいんだな。これからあたたかい物語が始まるのかな」そう思うかもしれない。しかし、選挙戦というのはそんなにやさしいものではなかった。辛酸を嘗める物語が始まる。 母親の悲痛な叫び新潟から実家の千葉に帰ることができたのは選挙公示日(2019年4月14日)の1週間前だった。
(2019.02.23に書いたブリコルールのブログ記事の引越しです) 写真をイラストっぽく使いたいなどの局面はいろいろありまして、備忘録も兼ねて。 会社の近所で撮影した写真をこんな感じでイラスト風にして、弊社のキャラクターと合わせてみました。まあまあアニメのワンシーンのようにも見えなくもない?? 最近だと、アプリで簡単に写真をイラスト風に変換できるものもありますが、photoshopを使います。 ベースとなるレイヤーを作成・調整する もとの写真はこちらです。 なんの変哲もない、何年か前に撮ってフォルダの奥底で眠っていた写真ですが、空を抜きやすい写真を選ぶとよいです。 【イメージ】>【色調補正】>【HDRトーン…】を選択します。 他のサイトなどでもHDRトーンを使って紹介しているところは多いです。私もこれを使います。HDRトーンの正しい使い方は正直なところ自分はわかっていません…。調整がまと
徹夜明けに、知らない人と新疆ウイグル自治区へ旅行に行った。砂漠の中で仕事をして、夜行列車の窓からふるような星空を見て、廃墟の温泉で死ぬほど笑って、塩辛いミルクティーを飲んだ。 気が狂いそうなほど美しく、ありえないほど公安だらけの街で過ごした10日間の話。 怪しいインビテーション・フロム彼方 夏休みに、知らない人に誘われて、知らない人たち5人と、知らない国の知らない場所を旅することになった。twitterで、今まで全く交流がなかった人から突然誘われたのだ。なぜ誘われたのかもわからないし、なぜ、自分がその誘いに応じたのかもわからない。 当時の私は、激務で有名な会社の、最も激務と噂される部署で働いていた。会社の机で眠り、近くのジムでシャワーを浴び、充血した目でエクセルを叩く。正月もゴールデンウィークもなかった。ウイグル旅行の誘いが届いたのは、そんな折だった。 メッセージが目に入るやいなや、発作的
鹿児島県出水市(いずみし)の山深い場所に「東雲の里」(しののめのさと)はある。 ここは、広大な山の敷地に約10万本のアジサイが咲く大庭園だ。この場所を作り上げたのは、当時看板と陶芸の仕事をしていた宮上誠さんという一人の人物。 もとはジャングルのような手付かずの山だった。今から27年前の1992年、当時46歳だった宮上さんは、この土地の未知なる可能性にロマンを感じ、なたと鎌とつるはしで開墾を始める。この山に理想の蕎麦処と陶芸の窯を作ることを目標に。 無謀ともいえる挑戦。「そのうち音を上げてやめるだろう」という周囲の予想を裏切り、今では多くの人が訪れる観光名所になった。アジサイの時期は鹿児島のみならず、関東や関西、そして海外からも人がやって来る。 ▲園内はとにかく広く、マップがないと道に迷いそうだ(画像は東雲の里HPより) 広大な敷地にはアジサイ以外にも桜や椿、木蓮など多くの花や木が植えられ、
日本の郊外には「タダ同然の住宅地」が大量にある。そうした「限界分譲地」の取材を続けているブロガーの吉川祐介さんは「限界分譲地は戦後の土地開発ブームに乗じて作られた。居住ではなく投機が目的だったため、放棄された空き地が虫食い上に広がっている。限界分譲地に住むことは可能だが、自治会は機能せず、道路や公園は雑草で埋もれることもある」という――。 日本に点在する、忘れ去られた分譲地 戦後の日本は近年に至るまで、深刻な住宅問題を長く抱えてきた。 終戦直後は、空襲で家を失った人や復員兵や引き揚げ者の住宅の確保。人口増と高度成長がもたらした都市の過密と住宅不足、そして住環境の悪化という問題があった。 過熱する土地開発ブームによる地価の高騰などもあり、どの時代においても庶民は、激変する社会情勢の中で、ひとつのマイホームを確保するのが精いっぱいの状況だった。 地価高騰の時代と聞くと、1980年代末ごろのバブ
あなたは「ふるさと」を愛していますか。 日本という世界の端っこに浮かぶ島国に、 それでも数え切れないほどのまちはある。 ”1,741”ある全ての市町村を巡っても、 僕のふるさとは数える程しか存在しない。 それはどのまちの誰かにとっても同じだ。 だから僕は、ふるさとを忘れないでおく。 使い古したスニーカーの紐を結び直して、 知らない道で、17時のチャイムが鳴る。 気づけば冬至なんてもう過ぎちゃったな、 とりとめのない日々はせせらぎのように、 ホントはいつだって美しく、流れている。 ああ、確かに僕は市町村一周の旅に出た。 ”1,741”市町村全てで写真を撮ること、 通過ではなく、ちゃんとまちを歩くこと、 筋は通しつつ、ロマンを求めた旅だった。 その道のりは僕とこの手帖が保証できる。 大した旅かどうかはどうでもいいけれど、 一つだけ、胸を張れることがあるならば、 それは僕が平凡な学生ということだ
先日、こんな地図を作った。 なんのこっちゃと思うが、拡大するとこうなっている。 じつは小さな文字が集まってできている。東京の地名の末尾の一文字だけを並べたものなのだ。 中央やや右でぽつんと「田」となっているのは、千代田の「田」だ。全体をよく見ると「山」「谷」「海」などが散らばっている。それぞれ、代官山だったり渋谷だったり青海だったりするのだが、こうやって末尾の一文字だけにすることでうまい具合にその土地の特徴や地形が浮かび上がるように見える。 どうしてこんなものを作ったか これを作ったきっかけは永太郎さんという方のツイートだ。 永太郎さんは京都で地理を専攻している学生だ。先日も「なんでもない地図を語る会」という記事でお世話になった。なにかの調査の一環だと思うが、地図から地名だけを抜き出してものを作っていた。これがとても面白く、しかもそれ自体ぎりぎり地図と言えないこともない。しかし、残念ながら
普段何げなく通り過ぎる街角も、数十年後には見たくても見られない特別な風景に変わっているかも……? YouTubeに投稿された、1990年代の東京街並みを撮影した動画がそんなことを思わせてくれます。 今では見ることができない風景 駅は今ではICカードでピッと入場できますが、自動改札が導入される前は駅員が手作業で切符を切っていました。1990年に撮影されたこの動画では、改札パンチ(正式名称:改札鋏)をカチカチカチカチ……と使い、通勤ラッシュを高速でさばく駅員さんの様子が確認できます。 動画を撮影したのは写真家・ビデオグラファーとして長年活動しているライル・ヒロシ・サクソンさん。1984年から東京に住んでいるというサクソンさんは、1990年ごろから独学で動画撮影や編集を開始。「Tokyo Video Project」と題し、東京の自然な街並みを撮影していきました。 サクソンさんのYouTubeチ
1983年徳島県生まれ。大阪在住。散歩が趣味の組込エンジニア。エアコンの配管や室外機のある風景など、普段着の街を見るのが好き。日常的すぎて誰も気にしないようなモノに気付いていきたい。(動画インタビュー) 前の記事:最新家電にカバーをかけて昭和感をだす > 個人サイト NEKOPLA Tumblr こだわりポイントを探す 人工物を作っているのは、言わずもがな人間である。その辺に存在するどんなに些細な物にだって、必ず制作者がいる。街の風景を形づくっているのは、各人が膨大な時間をかけて生み出してきた作品たちなのだ。 そのなかでも、特に制作者の思いが透けてみえる物件がある。私はそういう物件を愛している。 駐車禁止の看板を、ここまで作り込む必要は全くないだろう。「特に月木曜」という、蛇足にも思える追記が律儀さを加速させている 穴埋めクイズの正解はストリートビューを見れば分かるが、■と●の塗り分け方に
多摩ニュータウンができて50年以上。総面積約3000ha、計画人口34万人という日本最大のニュータウン計画だったがゆえに、「第四の山の手」から「陸の孤島」「オールドタウン」まで、よくも悪くも世間の注目を浴び続けてきた街だ。 現代の東京に住んでいると当たり前の存在になっているが、「巨大な実験都市」とも言われるように、実は日本史上でも二度とあらわれない、貴重な場所なのかもしれない。 建造物は50年たつと文化財の仲間入りできるというけれど、一方で多摩ニュータウンは生きた街である。東京都は2040年代を見据えた都市計画を立てているらしい。 多摩ニュータウンの過去から未来へ。 これを機に、ニュータウン以前の多摩丘陵の面影、多摩ニュータウン黎明期、バブル~平成の多摩ニュータウン、そして未来の多摩ニュータウンについて…四世代にわけて、実際に歩いてみたい。 多摩ニュータウンのなにがすごいのか 1971年、
リタイア世代から外国人家族まで、さまざまな人が住むタワマン。最大のネックは「修繕費」の問題で、見て見ぬふりをしているうちにタワマンが廃墟になってしまった、という可能性もあるのだ。 「修繕ラッシュ」が来た 都心の最高級リゾートをあなたの手に――。 東京湾を望む一棟のタワーマンション。歯の浮くようなコピーに夢を抱き、当時は購入希望者が殺到した人気レジデンスだったが、いまは見る影もない。 築15年、400戸近いマンションに、現在の居住者は3割にも満たない。外壁に割れが目立ち、エントランス前は雑草が伸び放題になっている。 ジムやバーなどの共用部は閉鎖されて数年が経つ。次のマンションの頭金にもならないほど資産価値は下がり、引っ越すこともできず、逃げ場を失った人たちがただ住んでいるだけ……。 いま、タワマン人気はピークにある。不動産経済研究所の調査によると、'08年から'17年の10年間で、首都圏には
ガソリンが高い。ちょっと前までレギュラー120円くらいだった気がするんだが。 ガソリンスタンドの看板をよーく見ていると、街中のスタンドがうっかりしているうちにエネオスだらけになってきていることに気づく。 これも。 これも。 これに至ってはエネオスの奥にエネオスが見える。 このままだと全部のガソリンスタンドがエネオスになってしまうんではないか。 公式ホームページによれば、エネオスの系列給油所数は1万2千か所以上。さらに国内燃料油販売シェアは約50パーセントを占めるという。*1 なぜここまでエネオスがシェアを伸ばしたのか。簡単に説明すると、石油などを輸入・精製して販売を行う石油元売の統合がここ20年ほどで進んだからだ。 1999年に日本石油と三菱石油が合併。2002年に統合ブランドであるエネオスが誕生して以来、九州石油(2008年)、JOMOのジャパンエナジー(2010年)、ゼネラル・エッソ・
00年代にインターネットでその名を馳せたアンサイクロペディアというサイトがある。 言わずと知れたネット百科事典であるWikipediaのパロディというコンセプトで、「誰でも編集できる自由気ままな百科事典」を謳っているサイトである。それがとうとう最終局面を迎えている。 かつてのアンサイクロペディア かつては[[あああああああああ!]]や [[1=2]]など外部で取り上げられるような記事も多く生まれ、10年ほど前にインターネットをやっていた人間なら必ず一度は覗いたことがあるだろう。 2005年の日本語版開設以来順調に規模を拡大し、07年に5000記事、08年には10000記事を達成するなど00年代の終わりに全盛期を迎えていた。 この頃には単なる世相の風刺に留まらず、旬のアニメやエロゲに関する記事など、オタクの総合百科事典としてのちのニコニコ大百科やピクシブ百科事典のような機能も備え、隆盛を極め
日本の各地には、伝統的なスタイルの家屋が建ち並ぶ町並みが存在する。高度経済成長期から現代にかけての都市開発や建て替えによってその数はだいぶ減ったものの、それでも今もなお昔ながらの風情を残す地域は少なくない。 私は全国の古いモノ巡りをライフワークとしており、これまでそれなりの数の町並みを見てきた。今回はそんな私の偏見と独断による、すごいと思った町並みを紹介したい。 1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。(動画インタビュー) 前の記事:市街地に囲まれた田んぼはどこから水を引いているのか > 個人サイト 閑古鳥旅行社 Twitter 奇跡の寺内町「奈良
NHKニュース @nhk_news JR山手線で、およそ半世紀ぶりの新駅となる「高輪ゲートウェイ」の駅舎が完成し、今月14日の開業を前に内覧会が行われました。特徴の1つが改札内のコンコースで、警備や利用客の案内、それに清掃などを行う自律移動型のロボットが稼働していることです。 www3.nhk.or.jp/news/html/2020… #nhk_news pic.twitter.com/GzjGFbWWBH 2020-03-09 15:08:44 NHKニュース @nhk_news JR山手線で、およそ半世紀ぶりの新駅となる「高輪ゲートウェイ」の駅舎が完成し、今月14日の開業を前に内覧会が行われました。特徴の1つが改札内のコンコースで、警備や利用客の案内、それに清掃などを行う自律移動型のロボットが稼働していることです。 www3.nhk.or.jp/news/html/2020… #nh
自転車競技のロードレースの放送で再認識させてくれた日本の美しい景色や,ツール・ド・フランスで活躍した有名選手達が日本開催のレースでガチに疾走する様子などに感動する呟きをまとめてみました. 選手名とかルールとかは一旦置いておいて,ロードレースの空撮の魅力などが伝わったら嬉しいです.今なら見逃し配信も見られますぜ!長時間録画なので空き時間に流し見するだけでもぜひ 「男子個人ロードレース 決勝」https://sports.nhk.or.jp/olympic/highlights/content/5ad76af9-a02e-423f-8b9e-b2b80b651985/ 「女子個人ロードレース 決勝」https://sports.nhk.or.jp/olympic/highlights/content/ff13d17f-68e9-4748-9781-8a24a8a1c83a/
初心者だけど、気持ちよくて達成感のある登山がしたい! でも日本は山だらけ、一体どれに登ったらいいの...?「ほぼ高尾山しか登ったことない」というライターのヨッピーさんが、山のプロたちに助けられ、本格的な登山に初挑戦。厳選した山で待っていたのは、美味しい山小屋ごはん、ほどよい冒険感に、絶景ビュー。読んだら絶対に登りたくなる、山登りビギナーにオススメの山はこれだ!(編集/メルカリマガジン編集部、撮影/ヨッピー) この絶景をご覧ください。「あれ?新しいゼルダの伝説の画面かな?」って思いました? ププーッ、クスクス。ありがとうございます。最新ゲームのCGでもありませんしフリー素材でもありません。 実写です。 本日は人生で初めての本格登山に来ております。 実は前々から「本格的な登山、やってみたい!」と思っていたので、当メルカリマガジンから「なんか書いてよ」って言われたタイミングで「山に行きたい!」と
「日帰りで山を歩いて温泉宿に泊まる」という旅の提案 「山を歩いた後に温泉宿に泊まり、温泉と食事と酒を楽しむ」というのは、私が最も好きで、多くの人におすすめしたいと思っている旅のスタイルです。 麓に温泉いっぱい!苦労せず絶景を楽しめる乗鞍岳 もちろん山小屋に泊まるのも好きだし、テント泊で縦走するのも大好きなんですけど、欲を言えばその山行が日帰りであろうと数泊の縦走登山であろうと、最後に温泉宿に泊まってから帰るのが理想は理想なんですよ! でも、毎回は予算的にも厳しいですし、週末の休みは2日間しかないので「日帰り登山+温泉1泊」を2日間で楽しむのが、最も実現しやすいプランなのではないかと思います。 いつかまとめてご紹介したいと思っていたのですが、今回、トリップアドバイザーの「旅リスト」とはてなブログのキャンペーンに参加する形で書いてみようかと思いました。 この後紹介する「日帰り登山とセットで楽し
2011年3月。あるCMが多くの人を元気づけたことをご存知だろうか。 それは意図していたものとは違ったかもしれない。もともとは違った狙いで作られたのかもしれない。少なくとも、制作時にあのような状況になるとはだれも考えなかったはずだ。けれども、作られたCMは、結果として多くの人を元気づけることとなった。 「祝!九州」と銘打たれたそのCMは、JR九州が2011年3月12日の九州新幹線鹿児島ルートの全線開業に向けて制作されたもので、開業前の3月4日より、九州内に限定してローカルCMとして放送された。 このCM、以前はJR九州のCMライブラリーやYouTubeの公式チャンネルで公開されていたが、いずれも公開終了してしまったため、視聴できない。その代わりに制作会社ティーアンドイーがアップロードする特別編180秒公開版の正規動画があるので、それを是非ともご覧いただきたい。 T&E JR九州 「
1972(昭和47)年に最後の住人が下山し、廃村となった東京奥多摩の集落「峰」。今も山の中にひっそりと残る集落跡を訪れた私と編集者のTは、山を降りた後、往時を知る人がいないか、鳩ノ巣駅周辺で聞き込みをすることにした。(全2回の2回目/#1より続く) 「子供の頃から出入りしていたから、よく知っているよ」 まず向かったのは、駐在所である。お巡りさんに話を持ちかけたところ、その問い合わせ内容に少し戸惑いながらも、向かいにある喫茶店を指さし、ここのマスターなら知っているかもしれない、と先頭に立って歩き出した。そして喫茶店の扉を自ら開けると話をしてくれたが、その親切は実らず、取材の手がかりを得ることはできなかった。時刻はもう13時を回っている。登山の疲れが出始めてきたわれわれは、休憩がてら腹ごしらえをすることにした。 鳩ノ巣駅周辺には飲食店が3軒ほどあり、なかでも繁盛していそうな一軒に決めた。釜飯が
これは陸上自衛隊です 今日は朝から調子が悪く……端的に言えば抑うつ状態になって伏せっていた。昼頃、携帯端末をちょっと覗いてみると、ロシアによる侵攻の記事が目に入った。 しばらくしてなんとか起き上がり、カップメシを食いながらワイドショーなど見る。どうも、本当のようだ。 こうなると思っていたのか日本の一市民のおれ。「なにもしないで帰ることはないだろう」とは思っていた。けれど、東部二州あたりをちょっとどうにかするくらいだろうと思っていた。いきなりキエフを撃つとは思いもしなかった。 国家間戦争じゃないか。正規軍による。しかも、全面侵攻だ。びっくりした。 ロシアはもう制空権をとったくらいのことを言っているらしい。制空権をとられたら、もうおしまいじゃないですか。 しかし、ウクライナだ。ウクライナだよ。ロシアが、ウクライナくらいの国と戦争をしてしまう。ほかの紛争地域を下に見るわけではないが、ウクライナが
東京の遊園地で90年を超える歴史を持つ「としまえん」が段階的に閉園し、跡地に東京都の公園や、小説や映画が世界的に人気の「ハリー・ポッター」のテーマパークを整備する交渉が進められていることが関係者への取材で分かりました。 東京 練馬区にある「としまえん」は、22ヘクタールの敷地にアトラクションやプール、スケートリンクなどを備えた首都圏有数の規模の遊園地で、現在は西武グループが運営しています。 この「としまえん」について、西武グループが、段階的な閉園を検討していることが関係者への取材で分かりました。 跡地の大半は東京都が買収して、災害時の避難場所にもなる大規模な公園を整備するほか、残りの土地には、アメリカの企業グループの「ワーナー・ブラザース」が、小説や映画が世界的に人気の「ハリー・ポッター」のテーマパークを建設する交渉が関係者の間で進められています。 交渉は、ことし春までに成立する可能性があ
いかがですか?私のデスクから見えるこの景色 憧れだったヴェネツィアに引っ越してきました。 ヴェネツィアの象徴とも言えるカナル・グランデに引っ越せて最高~! ARIA~~~~アリシアさ~~~ん!… _______というのは冗談で… 注文してから7ヶ月半経ってようやくAtomoph Window2が我が家に届きました。 半年以上も到着にかかったのはCOVID-19の影響によって中国で製造がストップ、物流にも大きな影響が出たためです…このご時世仕方ないね… 説明が遅れましたが、これはAtomoph Window2、元任天堂の社員だった姜 京日氏が立ち上げたスタートアップ企業 Atmophが開発した窓型スマートディスプレイです。 見ての通り縦型のモニターに窓枠のような物がついておりますが「窓型のディスプレイに動画の風景を映し出すことで、まるで現地に赴いているような気分にさせてくれる」と言うのが売り
2階や3階は別の人が住んでた ダンボールかき集めて半額の弁当で飢えをしのいでいた 先住の人にいろんな話を聞いたり、焚き火を囲んでワンカップを飲みながら昔話をしたり 「お前はまだ20代なんだからこんな生活に慣れちゃあかん。早めに出て行けよな。」と事あるごとに言われてた。 決心がついて出ていくとき、仲の良かったじいさんが腕時計をくれた 親父の形見で、最後の最後までこれだけは質入れもできんかった (大したカネにもならんしな、と笑いながら) 本当は子供に託したかったが、嫁も子供もどこにいるかもわからん だから預かってくれと。 何のことはない、シチズンの普通の腕時計だった あれからもう20年以上経つ とっくにビルは無くなっているし、自分は家庭は持っていない弱者男性に変わりはないが それでも毎日それなりの人生を歩んでいる 玄関にじいさんのシチズンを飾っている 電池切れか故障かわからないが、もう止まって
列島を1万キロ歩くモドさんがNYタイムズに盛岡と山口を載せた理由。東京と廃墟ラブホから見える日本 クレイグ・モド(Craig Mod)インタビュー 2023年11月下旬、初雪が降った日の盛岡。筆者はどうしても来たくなり、高速バスに揺られた。 理由は2つある。一つは、筆者がかつて心を打たれた街を、もう一度味わいたくなったから。 そしてもう一つは、作家・写真家のクレイグ・モド(Craig Mod)さんにインタビューさせてもらったからだ。ニューヨークタイムズ紙に「盛岡」を強く推薦し、同紙の「2023年に行くべき52カ所」で、その2番目に盛岡を抜擢させた張本人。 インタビューでモドさんが語った盛岡の姿が頭から離れず、バスに乗ったのだ。
✨🎍護衛艦かが改P🎍✨ @strikerouge315g @yunyeungcha 生駒トンネルを抜けた先、近鉄石切駅〜瓢箪山駅区間で大きく開けた大阪平野が観えるこの近鉄奈良線の売りなんですよね〜(地元自慢)! ※F外から失礼しました🌟 2020-11-29 19:04:54 ちらいむ @chilime 奈良から大阪に抜けた時、あるいは大阪から奈良に入る前に見える景色がこれなんですよ/// 夜は夜で夜景が美しくて、朝は朝でどこまでもひんやりと爽やかで…石切劔箭神社によくお越しになる方にはお馴染みの風景ですかね。眺めていて本当に気持ちがいいんですよ…! twitter.com/yunyeungcha/st… 2020-11-29 23:42:02
代官山駅(「Wikipedia」より/東京特許許可局) 1980年代から「おしゃれな街」として、その名を全国に轟かせてきた東京・代官山。東急東横線で渋谷駅からひと駅という立地に高感度なショップが立ち並び、それを求めた若者たちが連日押し寄せるなど、さまざまなブームの発信地となってきた。しかし、近年は集客力が衰え、駅周辺には空きテナントが目立ってきているという。SNS上では代官山駅前が廃墟のようになっているという声もみられるが、代官山の街としての勢い低迷の背景について、専門家の見解も交えて追ってみたい。 高級でおしゃれなアパレル店や雑貨店などが狭いエリアに密集している代官山。90年代には雑誌などで特集されることが増え、ドラマや映画のロケ地としてもよく使われるなど、全国的な知名度を獲得。2000年代に入ると、カフェブームに乗り、個性的な店舗やレストランが次々とオープン。11年には、蔦屋書店を中核
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