ドイツが植民地統治を本格化させた20世紀初頭、ある感染症がアフリカで猛威を振るった。一般に〈眠り病〉と恐れられたトリパノソーマ病である。ツェツェバエを媒介にしてヒトに広がるこの病気は、嗜眠性の髄膜炎を起こして感染者を確実に死に至らしめる。この時期、赤道アフリカではおよそ80万人が犠牲になったといわれる。 当時のドイツ医学は世界最高水準にあり、コッホやエールリヒが国際的に活躍するなか、眠り病の制圧も近いと思われた。だが、ことはそう簡単には進まず、植民地統治期、ドイツ医学は有効な対策を講じることができなかった。現地住民は感染リスクにさらされながらハエの駆除作業に動員され、危険な薬剤の実験台ともなって命を落とした。 第一次世界大戦後にドイツは眠り病の特効薬を開発するが、ヴェルサイユ条約によりかつての植民地は戦勝国の支配下にあった。はたして、この新薬をイギリスやフランスに提供するべきか。ドイツで植