放送は、番組の種別に関わらず報道機能を持ったマスメディアであり、なおかつ聴覚・視覚による同時性・臨場性があることから、出版(新聞や雑誌)等のほかのメディアに比べ、受け手に与えるインパクトがはるかに強く、社会的影響力が大きい。また、放送事業は出版メディアと異なり、免許制度に基づいて行われており、有限・希少な「国民の共有財産」である電波という資源を利用している。これらの特徴から、放送は公共性が相対的に極めて高いメディアであり、その内容において何らかの規制が必要であるという考え方が生まれた[1]。 もとより表現の自由は絶対的で無制限なものではない。たとえばある表現が、ある他者の人権と衝突する例を考えた場合、表現者には何らかの責任が生じ、法的責任に至った場合は公権力によって一定の制限を受けることになる。ひいては公権力による自由の侵害を招きかねない。放送の自主規制は、それを回避するため、あらかじめ自