坂本城は、比叡山の東麓(とうろく)の坂本、琵琶湖に面した平地に信長の命を受けて明智十兵衛光秀が築いた平城(ひらじろ)です。信長の出身地・尾張国を除けば当時は険しい山城が主流でしたので、築城当時、平城はまだ珍しく、しかも本丸が琵琶湖に直面した水城であって、江戸時代になっても通用するような最新鋭の城でした。元亀2年(1571年)に着工され、翌元亀3年には「天主(てんしゅ)」が建てられました。 信長の安土城天主の完成は、それより7年後の天正7年(1579年)でした。ポルトガルから来た宣教師ルイス・フロイスは、光秀を「築城に造詣が深く、優れた建築手腕の持ち主」と称え、坂本城を「日本人にとって豪壮華麗なもので、信長の安土城に次ぎ、この明智の城ほど有名なものは天下にない」と絶賛しています。後に安土城が完成するまで、坂本城は全国一の豪壮華麗な城だったのです。 「天主」は、天下の主(あるじ)、すなわち将軍